• ミロコマチコ「ミロコあたり」

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 マイケルと猫たちの戦いの日々は続いている。そんな中、友人のSさんから連絡が入った。
「動物病院のM先生のとこに黒猫が保護されて、里親を探しています」
 同時に送られてきた写真には、耳が大きくカットされた黒猫が写っていた。見覚えのある猫だった。つい2日前にうちのすぐそばの道路でうずくまっていて、車を避けようともしないので、堂々とした猫だなぁ、と覚えていたのだ。
「5匹目を迎えるのはちょっと......」と思いつつ、里親を探すにしても、姿を見たくて、M先生の病院を訪ねることにした。病院はうちから徒歩1分。ちょうど黒猫の怪我の縫合中だった。相当な怪我をしているのに、驚くことに部分麻酔だけで、診察台から動かず、じっと耐えている。自分にとって良いことをしてくれているというのがわかっているかのような目をしている。
 手術が一段落して話を聞くと、両肩、背中がパックリ割れるほどに大怪我をしていたらしい。「最近、近所で黒猫を見かける」とSさんから聞いていたM先生は、瀕死の状態でうずくまっているところを発見したらしい。
 推定5か月のメスだった。耳がカットされているのは去勢や避妊手術がされているという証拠で、すでに一度は捕獲されて手術を受け、野に放たれた子だ。保護時の体重は1.45kgでガリガリだった。
 頭を撫でると、縫合したばかりにもかかわらず、すぐにゴロゴロいいだした。野良猫だったのに、人間に抵抗がないみたい。
「この子なら......」と思い始めていた。
 5匹は難しいという理性は、すでに崩壊していた。
 家に帰り、ソトちゃん、ボウちゃん、テンちゃん、スイちゃんを緊急招集。猫会議開始。
私「えー、新しい猫が増えることについて、どう思いますか?」
ソト「ニャー!(そんなことより、抱っこして!)
テン「ニャー!(そんなことより、美味しいご飯出してよ!)
ボウ「......」(ぼーーー......)
私「スイちゃんは欠席! 他に意見のある方は?」
旦那「......うちに迎えよう!」
私「はい、迎えるに1票入りましたので、これより準備に入ります」
 というわけで、黒猫を迎える方向で私たちは動き出した。
 次の日、再び会いに行くと、M先生は他の猫を診察中で手が離せず、私は黒猫のお部屋へ入れてもらってしばらく様子を見た。小さなエリザベスカラーを巻いて、奥から聞こえてくる診察の音に耳を澄ましている。体は傷だらけなので頭しか触れるところがない。頭を撫でると気持ちよさそうに、体をすり寄せてきた。診察に来ていた猫が雄叫びをあげていたが、動じることはなく落ち着いていて、うちにも馴染めるような気がどんどんしてくる。
 診察が終わり、M先生が呼ぶと、ひょこひょこと歩き出して、自ら部屋を移動して、ご飯をもらう。すごい食いしん坊。話しかけると、「ヴー」という、虫の羽音のようなヘンテコな声で返事してくれる。食べ終えると、もっと欲しいとM先生に甘える。元気になる予感しかない。
 怪我がある程度治るのを待ってうちに連れて帰ることになった。その間の約1か月、3日に一度くらいは会いに行って、私の事を覚えてもらって、信頼してもらうようにした。猫のおもちゃを持って行って、黒猫の匂いをつけ、うちの猫たちに嗅がせたりした。ものすごく甘えん坊で、おしゃべり。会うと、いろんな話をしてくれた。
「こんな鳥が飛んでね、お腹すいてね、椅子にジャンプできるようになったから、お腹すいてね、虫もいっぱい捕まえたいの、ご飯はまだ?」
 ところで名前はというと、これしか思いつかなかった。コロナちゃん。略して「コロちゃん」と呼ぶことにした。
 人間があたふたするばかりの今、海にはいつも通り魚は泳いでいるし、季節の花は変わらず咲いて、庭の野菜は育ち、猫は生まれる。コロちゃんを見ていると、その小さな体に自然の循環を感じる。生きるためには何が大事かを分かっている。この大変な状況をいつか忘れそうになったり、自分が生きていくために何が大切かを見失いそうになったとしても、「コロちゃん」と呼べば、立ち止まれるように。
 旦那さんが、猫のトイレもベッドも爪研ぎも入る、リビングを大いに圧迫するケージを手作りしてくれて、コロちゃんの部屋ができた。そして、ついにコロちゃんがうちに来た。M先生のうちからすぐ近いので、防災無線から聞こえてくる島口(しまくち)ラジオ体操も、鳥の声も、変わらないでしょう?
 4匹のお兄ちゃん猫たちは初めてのメスに戸惑いまくって、遠くからそろりそろり様子を伺い、近づいてはコロちゃんに威嚇され、後ずさり。なんとなく首に巻かれたカラーがコロちゃんを強そうに見せているからか。慣れるには少し時間がかかるだろうけど、今これを書いてる時間、それぞれの場所でいつもと変わらず眠る5匹を見ていると、なんとなくうまくいきそうな気がする。
 私にとっては8年前に亡くなった鉄三を入れて、6匹目の猫。新しい風、コロちゃん。良いウィルスとなって、うちにはびこってくれることを期待している。



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