• ミロコマチコ「ミロコあたり」

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 すっかり夏になってしまった。新居での生活も、半年たって慣れてきた。
集落内に引っ越してきて、一番驚いたことは、毎日誰かが訪ねてくること。アトリエの窓が庭に面していて、来訪者が見えるので、気づくと誰かが目を凝らしてこちらを見ていて、ギョッとすることもある。
 東京にいた頃は、宅配便以外はほとんどが勧誘か訪問販売だったので、居留守を使うことも多かった。えらい違いだ。
 大抵の来訪者は、収穫した野菜や果物のおすそ分け。とてもおすそ分けとは言えない量で、ありがたい。
 少し前は、ドラゴンフルーツの蕾。美味しい果実を作るために、花が咲く前の蕾を間引くのだが、これがすごく美味しい。ヌルヌルしている茗荷のような感じ。茹でたり天ぷらにしたり、焼いても最高。
 今は、パッションフルーツ、冬瓜、ピーマン、ナス。
 夕方にやって来るのは、近所のこどもたち。うちで遊びたかったり、釣りのお誘いに来たりする。そばの川でタナガエビが捕れるのだが、小さな網が必要で、借りに来る。うちには5本あるので、大勢で遊んでいても足りる。ちなみにタナガエビは唐揚げにしてちょっと塩をふって食べると、美味しい。夕飯を終えた後、網を持って、ささっと10匹ほど捕まえて、晩酌のおつまみにすることもある。
 うちの前はすぐ海で、そこに釣竿を立てて、エサをつけた針を投げっぱなしているのだが、その辺を通るおっちゃんが訪ねてきて、「引いてるよー!」と教えてくれる。
 近所で空き物件を探している方のお尋ねや、家や絵を見せて欲しいという突然の訪問者もいて、毎日にぎやかだ。
 日々、人との関わりを見ていると、家のことや力仕事が出来るまさしくんがとても重宝される。隣のおじいちゃんとおばあちゃん夫婦が住んでいる家が、どうもトイレの匂いがこもって臭い、という相談を受けたので、修理してあげると、一輪車のねこ車にキャベツをいっぱい積んで帰ってきた。
 近所でカフェを開こうと自分で内装リフォームしている友人に、エアコンの取り付けをお願いされて、工事すると、スイカと島ウリを持って帰ってきた。
 反対隣の畑に敷くための大きな重い藁をトラックから下ろす作業を手伝うと、いつでも畑から好きに野菜を取っていいということになった。
 ここでは、食住の生活に直結するものが、とても大切なことを身に沁みて感じる。
 さて、私には一体何ができるのだろうか。日々、絵を描くばかりで、何のお返しをすることもできない、と情けなく思っていた。
 すると、かしゃもちのお店を始めようと思っている知人から、パッケージに使うシールの絵を描いてくれないかと依頼があった。かしゃもちとは、クマタケランや月桃の葉っぱで、よもぎもちを包んで蒸したもので、いい香りがして、黒糖の甘みがじんわりと美味しい、島では、とてもポピュラーなおやつだ。喜んで描くと、それから度々、かしゃもちを持ってやってきてくれるようになった。
 また、宿をやっている知人が、部屋に飾りたいと色紙を持ってやってきたので、絵を描いてあげると、捕ったばかりのイノシシの塊肉をお返しにくれた。
 うちにはたくさんの絵本などがあるので、こどもたちが遊びに来た時に、好きなように読んでいい。工作する紙類や画材なども豊富にあるので、自由に使っていい。
 そうか、みんなが野菜を作ったり、猟をしたり、まさしくんが工事や力仕事をしているように、私も絵を描くことや、本を作ることで、みんなにお返ししていけばいいのだ。みんなからはお腹を満たしてもらっているので、お返しに、心を満たすことができていればいいな。物々交換ならぬ、物心交換とでも言おうか。
 先日、島のこどもたちと、絵の具まみれになるワークショップをした。こども図書館に集まった15名ほどのこどもたちの前に、7m四方ほどのビニールシートで養生して、その上に4m四方のキャンバスを拡げ、真っ黒な絵の具をぶちまけて、まず私がその上にダイブ。ビニールシートと絵の具のヌルヌルのおかげでいい具合に体が滑る。その姿を見て、ちょっと引いてたこどもたちだったが、少し汚れると目がキラキラと輝いて、はじめの抵抗はどこへやら、どんどんとキャンバスの上を滑ってゆく。黒い絵の具はこどもたちの手や足や全身であっという間に広げられた。みんな全身真っ黒で、キャンバスの上を転がり、上下がなくなって宇宙の中を漂っているみたい。
 次は金色と銀色の絵の具。器に入れて水を混ぜて、ぐるぐるかき混ぜたら、一面真っ黒になったキャンバスへ手で飛ばして見せる。
「あんまり目立たないなー、ま、いっか。みんなでいい方法考えて!」
 たくさん手ですくってビシャー!とぶちまける子どもや、繊細に指につけて飛ばす子ども、素早く手を振り、彗星のように流れる線を描く子ども。私にできないことを子どもたちはすぐにやってのける。そして絵の具のおかわりが殺到した。
 最後に、ひとりひとりが作った奇妙ないきものを貼り付けた。星が一面に瞬く大きな大きな夜に漂う、いきものたちの世界ができあがっていた。
 私は誰かのために絵を描いているわけではないのだけど、何か役割があるとすれば、私自身が絵を描いて生きている姿を見せることだな、と思った。嬉しそうで、苦しそうで、でも、楽しそうに。
 カフェが完成に向かう友人に、建物の壁に絵を描かないか?と言われた。近所の子どもたちを誘ってみんなで描けたらいいな。定期的に塗りかえて、また新しい絵を描いてもいい。
 やっと、この島の循環の中にお邪魔できたような気がする。



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