• ミロコマチコ「ミロコあたり」

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 イラストレーターの友人とくちゃんから、「プロレスの観戦チケットをもらったから、観に行かへん?」とラインで連絡がきた。今まで全然縁がなかったイベント。瞬間的に、「行く!」と返事していた。
 テレビでもほとんど見たことがない。全然ルールも分からない。映画館みたいに、ポップコーンとか食べたりビールとか飲んだりしてもいいのか? 服装は? 寒い? 暑い? 怖い? 血とか出るやつ? 頭の中は?マークだらけで、でも敢えて調べたりせず、突入してみることにした。
 チケット売り場で、とくちゃんと合流。入り口から試合会場までの通路には、物販コーナーがずらり並んでいる。販売している人は、体中傷だらけ! ポロシャツから出る腕が太すぎて、はちきれそう! 何度も傷が重なりすぎたのか、おでこがモコモコしている! 目が合ったら殺される気がする! 「ひいいい! ひえええ!」とつぶやきながら、お化け屋敷のように進む。途中、ブロマイドとかタオルとか水とか売っているのが横目に入ってくるが、近づいたら逃げられないかもしれないという恐怖心で、足早に行こうとするものの、混み合っていて少しずつしか進めない。なんとかすり抜けると、映画館の売店のようなものが現れた。そうかそうか、ビールとかおつまみとかいろいろ売っているのね。ここはもちろんお酒飲んで、緊張感を解きほぐすしかない。というわけで、ビールとからあげポテトフライセット、チーズちくわを買って、いざ会場入り。
 入ると、真ん中にリングがどーんとあって、それを囲むように座席がぐるりと配置されている。わたしたちは四列目で、一段高くなっている席の一番前だった。リングの床とちょうど目線が合う高さ。でっかい男の人たちが、忙しなくリングを整備したり、Tシャツを売りに来たりする。
 まずは、ビールで乾杯。ついにこの現場にいるのか!と興奮しながらも、少し落ち着いてあたりを見回す。斜め横を見ると、長机に2人ほど男性が座っていて、その前にはゴングが置いてある。こんな無防備に置いてあるのか! 誰でも鳴らせそうだ! その欲望をぐっと抑える。横には、アーチ状に組まれた金属の門に、テント生地の長い暖簾がかかっている。
 とくちゃんが、「あそこから、選手は出てくるんやで」と教えてくれた。試合までの時間は案外迫っていたらしく、司会の人が出てきた。試合中の注意事項などを説明してくれる。物腰がやわらかく、優しい語り口調。動画は禁止だが、写真は大丈夫らしい。熱中症に注意と言うと、客席から「水分補給して!」と声が飛ぶ。海外のお客さんに、「どこから来たのですか?」と司会者がリング上から話しかけると、「カリフォルニア!」と答えて、観客達は一斉に拍手をした。もっと血気溢れる熱い感じだと思っていたが、なんだ、このアットホームな一体感は。
 そうこうしているうちに、あっという間に一回戦が始まった。黒いパンツを履いた若いレスラーが二人ずつ両側から出てくる。合計四人いるのだが、わたしには見分けがつかない。体格も顔も似ている。名前を呼ばれ紹介されると、紙テープが投げ込まれる。それをリング脇にいるスタッフが即座に始末する。そのすばやさたるや!
 カーン!とゴングが鳴る。思った以上に大きい音だ。初めに誰が対戦するのかはその場で相談して決めるようだ。それを見ている観客は、「加藤が行け!」や「石川!」とかリングに向かって叫ぶ。チームからひとりずつリングの外に出る。残ったレスラーは腰を低くして、お互いの様子を見出した。そしてゆっくりと歩み寄り組み合う。押したり引いたり。静かだ。と、思ったら、急に動きが早くなってきた。技をかけたり、投げられたり。ロープを使って飛び蹴りしたり。リングの床に叩きつけられる音を聞くと、意味もなく、オオーッと声が出てしまう。目まぐるしく見分けのつかない男四人が入れ替わり立ち替わり技をかけて、気づいたら、カーンカーンカーン! 試合終了だった。ふーふーふー。一試合ってこんなに短いのか。
 間髪入れずに、二回戦。観客席を見ると、いそいそとカッパを取り出し着始める人たち。アナウンスで「汚い水が飛んできますのでご注意をー」をと呼びかけている。何、何、何、何!とキョロキョロしているうちに、三人の選手が入場してきた。手には水の入ったペットボトルを持っている。それを口に含んで、ブシャーッ ! と客席に向かって吐き出した。きょええええ! 慌てて飲みかけのビールを手で蓋をする。どうかこっちに来ないでー!と願うも虚しく、来るー。汚い水が飛んでくるー。対戦相手も三人登場し、この回もあっという間に終わり、ほっとしたのも束の間、また退場しながら、水を吐いていった。
 三回戦。衣装が派手な三人対三人。試合構成もシナリオがあるんじゃないかと思える内容で、笑える場面もあり、なんだかヒーローショーを観ているようだった。
 四回戦、五回戦と進むにつれ、体つき目つきともに、ただならぬ雰囲気をまとった男達が続々と登場する。元力士というとんでもない巨体の持ち主、首と顔が一体となって区別がつかない人、だいたいみんな上半身が大きすぎる。漫画やアニメでしか見たことのないような人たちがこんなに集まっている。
 鬼ヶ島って行ったことないけど、こんな感じかもしれない。この人たちは日常生活をどう過ごしているのだろう。普通にスーパーで買い物をしたり、電車に乗ったりするのだろうか。その汗みどろの衣装はクリーニングに出したりするのだろうか。トーストとかスクランブルエッグとか食べるのかな。骨付きの恐竜肉に、獰猛にむしゃぶりついているような姿が思い浮かぶ。
 でもなんだろう。なんだかみんな、優しそう。対戦しているけど、協力して一緒に舞台を作り上げているような。オオッとなる一段と新しい展開があって、観客たちは盛り上がる。わたしたちを楽しませるための要素がたくさん詰まっている。相変わらずルールとかは全くわからないし、なぜ勝ったのかもチンプンカンプンだけど、わかってきたぞー、プロレスの面白いところ!
 となったところで休憩。ビールはいつの間にか飲み干していた。とくちゃんに、おつまみ食べる?と言われるまで、すっかり忘れていた。前半を終えただけで、このドラマチックさ。後半への期待値はあがりまくっていた。
 六回戦が始まった。繰り出す技がめまぐるしく、ぐんぐん展開していく。殴る音の重さがすごい。技がかかる度に、足がバタバタ、地面をどんどん踏んでしまう......わたしが暴れてどうするんだ。もはや人間ではなく、興奮したサイ同士がぶつかり合ってるみたい。ぶつかる時に汗が細かく飛び散って、ライトに照らされて美しい。スローモーションに見える。息をするのも忘れる。
 ついに最終戦、その前にスタッフたちの異常な行動が始まった。蛍光灯をダンボール箱いっぱいにつめて運んできた。それをロープに輪ゴムで止めて、縦にずらりと並べて、蛍光灯の柵のようなものを作っていく。
 そこに六人の鬼ヶ島のボスたち登場。そうは言ってないのに、グヘヘヘヘヘェという声が聞こえてくる。シュウシュウと生臭い煙のようなものが体からあがっているように見える。そして手には、蜘蛛の巣状に編まれた有刺鉄線や、蛍光灯をタワーのように組み上げたもの、でっかいハンマーなどを持っている。そんな危ないものをわざわざ作っている鬼たち! 健気! いや、アホ!
 そんなことを考えていると、ひとりがロープの蛍光灯の柵に飛び込んできた。パァァァーンと破裂する蛍光灯。まさかまさかとは思ったけど、すさまじく破片が飛んでくる。観客席は安全圏だろうと思いきや、大間違い! 休憩の間に買ってきたレモンハイに手で蓋をする。そうすると体にあたる蛍光灯の破片は防ぐことができない。イテイテイテテ!
 柵の蛍光灯だけでなく、置いてある段ボールの中から蛍光灯を取り出し自分を奮い立たせるかのように、何度も頭で割る。刀のように振り回す。リングの床は蛍光灯の砂浜みたいになっている。そこにどんどん倒れ込む鬼たち。全員の体に破片が刺さって、キラキラと輝いている! 物販コーナーでおでこをモコモコにしていた人の額には、フォークが2本刺さっている! 有刺鉄線でグルグル巻きにされた鬼の上に、別の鬼が突っ込む!
 ハンマーで殴る! 蛍光灯タワーが炸裂する! 汗飛沫、血飛沫、蛍光灯飛沫......!
 目の前の出来事は地獄のようなのに、なんだか夢のようにモヤがかかってきれいで、すべての出来事にエコーがかかっているような、もはやみんな羽が生えて飛んでいるようにも見える、天国のような世界があった。
 帰りに、とくちゃんと居酒屋に入り、テーブルに試合の対戦表をおいて、ワインを飲みながら興奮気味に反芻した。
 次の日になって、最後の試合は三組の戦いだったことに初めて気づいた。なんだそれ! おもしろすぎる、プロレスの世界!





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