• ミロコマチコ「ミロコあたり」

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 島には、伝統的な舟こぎ競争がある。アイノコという舟に乗って、スピードを競うシンプルな競技だ。もともと奄美では、イタツケと呼ばれる木造舟が使われてきたが、沖縄からサバニという舟が伝わって、両方の長所を活かして作られたので、アイノコと呼ばれるらしい。
 現在ではFRP製のものも多いが、木造の舟での大会も多く、各地域によって船体にさまざまな模様が描かれている。私の集落ではFRPの舟で、もともと波がぐるりと描かれていたが、かなり色褪せていたので、去年綺麗に塗り直した。せっかくなので、2槽ある舟を空と海のテーマにして、集落の子ども達と一緒に絵を描くワークショップを行い、賑やかな舟に生まれ変わった。
 夏になると、各地で舟こぎ競争が行われる。細長い舟に、左右に3名ずつ6名の漕ぎ手と、最後尾に舵取りが1名座り、合計7名がチームとなる。
 私の住む集落では、6月の浜下れ(はまおれ)という行事から競技が始まる。集落内の数組のチームがスピードを競い、その年の漕ぎはじめを楽しむ。
 その後、大会は各地で合計5回行われる。誰でも出場できるものと、その地域の住民がチームに数人はいなければならないなど、それぞれの大会規定により異なるが、どれも強さに関わらず条件さえ満たしていれば、出場できる。
 はじめは訳も分からず、ただやってみたいというだけで、乗ってみた。泳げない私は、舟が傾く度に転覆するのではないかと大騒ぎした。見よう見まねで恐る恐る漕いのだが、海の上を進むのは単純に気持ちよく、なんだかとても楽しかった。
 そして、昨年の浜下れのときに、集落の先輩に「選手にならない?」と誘われた。決して漕いでいる姿を見込まれて、スカウトされたのでは、ない。自由な時間があって、興味がありそう、ということで声をかけられたのだと思う。なにせ私は、極度の運動音痴である。体育の授業以外に運動をしたことがないし、スポーツは嫌で嫌で仕方なかった。激しいコンプレックスもあった。大人になった今、誰にも怒られることがなく、運動をしなくていいと思っていたのに、まさかの舟こぎの日々が始まった。
 まずは、ヤホと呼ばれるオールの持ち方から。慣れない角度にヤホを持ち、舟を漕ぐという動きが、体には全く馴染みがない。体を動かすセンスが壊滅的だ。それでも週3回の練習に通い、1年目の試合を迎えた。舟を早く進めるには、みんなの息を合わせることが重要。これがバラバラでは舟がスムーズに動かず、前後左右に揺れて無駄な動きになってしまう。しっくりこない動きだが、必死にみんなに合わせて漕ぐことだけを心がけた。
 舟こぎ競争は、男性、女性、こどもの部に分かれて競う。舵取りのみ、男女どちらが乗っていいことになっているので、私たちのチームは集落のベテランのアニ(年上の男性のこと)が務めている。試合によって若干異なるが、私の町ではスタート地点から340m先のブイを左ターンして、戻ってくる。結果は2回戦まで進んだが、約20チームが参加する中、10位くらいで終わった。男性チームは少し上位まで上がれたが、こどもたちも初戦で敗退した。
 あれから1年。私の中で、舟こぎはかなり楽しいものになっていた。男性チームは私の旦那さんも含め、ハマった人たちが数人いて、本来冬は倉庫にしまい込んでいた舟を、一年中出し、練習していた。練習後はお酒を飲みながら、撮影した動画を見て漕ぎ方を比較したり、強いチームの漕ぎ方を研究したりする。だけど、正解はなく、いろんな方法をみんなであれやこれや話合い、試行錯誤するのだ。前列、中列、後列、どんな人が乗り、どんな漕ぎ方をするのがよいか。ターンでは、どう進めるのが速いか。海での試合になるため、風の強さや、潮の流れはコースによっても変わり、それも攻略していかなければならない。女性は仕事や子育てで忙しい人も多く、夏の間だけの練習だけど、少しずつ漕ぐ感覚がついてきている気がする。
 さて、今年の舟こぎ競走。くじ引きで、私がまさかの選手宣誓をすることになった。へなちょこなりに頑張ることを誓う。大会はくじ引きで決まった4チームずつが同時にレースを行うが、タイム順となるため、全てが漕ぎ終わらないと、順位はわからない。これも大会によって、レースの上位2チームがトーナメントで上がっていくなどもあり、ルールは様々だ。
 今年は男性36チーム、女性19チーム、子ども13チームの参加となった。女子は初戦、2回戦、決勝と、勝ち進めば、3回漕げるのだが、初戦で負けてしまい、無念の結果となった。子どもたちも高学年が少ないこともあり、初戦敗退。悔しい。ただ、1年中練習してきた成果もあり、男性チームは準優勝を遂げた。女性チームは様々な事情で町大会の1回にかけているので、今年はこれでおしまい。だけど、男性チームはまだあと2大会出る予定なので、応援していきたい。
 集落でのチームに加え、職場仲間やサーフィン友達などで組むチームもある。島では普段からマリンスポーツを楽しむ人も多い。そういうメンバーのチームは、こんがりと焼けていて、鍛え上げられ、引き締まった体つきがかっこいい。その7名が現れると圧倒的に強いオーラが出ている。
 しかし、私たちは昔ながらの集落のチーム。たまたま同じ地域に住んでいるだけの集まり。男女共に太っちょも色白もいて、平均年齢もかなり上だ。みんな腰が痛いだの、血糖値が高いだの、言っている。だからこそ、私のような運動音痴でも、選手になれる喜びがある。だから少しでも早く漕げるようになるのが目標。そしてそれが楽しい。相変わらず泳げないし、ライフジャケットは欠かせないが、スポーツを楽しいと思う日がくるなんて、思いもよらなかった。
 練習時間は、夕方。後ろ山に落ちていく夕日に彩られて、空も海もピンク色に染まり、舟を漕いで沖まで出ると、海の底には色とりどりの珊瑚が見える。鳥たちが私たちを不思議そうに眺めている。練習後、「汗だくだから、もう海入っちゃおう」と、泳ぐ。こども達も飛び込み、それを眺めながら砂浜でビールを開け、しばし語らう。
 アカショウビンの鳴き声が、リュウキュウコノハズクの声に変わったら、夜になった合図。薄暗がりの中、「またね―」と言って別れる。そんなかけがえのない時間が、舟こぎには詰まっている。



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