• ミロコマチコ「ミロコあたり」

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 島に移り住んで、なにより驚いたのは、東京と植物が全然違うこと。亜熱帯気候で年中多湿で暖かい。内地(本土のことを島人はそう呼ぶ)のおしゃれなカフェなどの隅に置かれているクロトン、サンスベリア(トラノオ)などの観葉植物がガンガン自生している。そして、それぞれがでかく、成長が早い。庭には巨大なゴムノキやパンノキ、極楽鳥花などを植えているお家も。内地では冬は室内に入れておかないといけない植物も、奄美では大丈夫なのだ。一日の中で太陽と雨が交互にやってくるので、植物が大喜びしているのがわかる。放っておくと、植物の勢いで家などが埋め尽くされてしまうので、草刈りはもちろんのこと、土地を買うときには木の倒し方を教わった。自然の中で暮らしていくには必要なスキルなのであろう。
 そんな暮らしなので、島人はみんな植物に詳しい。あえて勉強しなくても、日々の会話に出てくるので、私も自然と覚えてきた。原生林には希少な植物もあるが、人が暮らす地域ではまた植生が違い、食べられるものも多い。
 どんどん生えてくるものはパパイヤ、バナナ、月桃、ウコン、ハンダマなど。パパイヤは鳥などが食べてタネを落としていくのだろう、庭の草刈りをしながら生えてきているのを見つけるのが楽しい。幹から花が直接咲いたら実がなるメス、幹から茎がニョーンと伸びて花が咲いたらオスで、実がならない。受粉のために、オスも必要だけど、そこかしこにあるから、必ず近くになくてもいいのかもしれない。うちは今3本生えていてメスばかりだけど、実がなっている。青いうちは、千切りにしてよくソムタムにする。島人はお漬物が好きで、薄くスライスして、甘めの味付けに漬けておく。郷土料理の鶏飯にもついてるし、お弁当やお茶うけにもよく出てくる。オレンジ色に熟れたら、フルーツとしてそのまま食べる。でっかい天狗のうちわのような葉っぱは、ヤギの大好物。
 バナナは、いろんな種類があって、まだ私にはよくわからない。ただ、スーパーなどで売っているフィリピン産の大きいバナナはなく、小さいのがよく生えている。だけど、程よい酸味と固さがとても美味しい。島バナナともなると高級でとても高いが、小笠原バナナ、島人が言うチュウカン(何かのバナナの中間だから?)など、島人にしか見分けられないものがたくさんある。うちも何本も生えているが、何の種類かはわかっていない。突然、でっかい花がビヨーンと伸びてきて、咲く。花をつつんでいる苞葉もでっかくて、ボトボト落ちていく。まるでケモノのよう。島人は実に栄養がいかなくなるということで、花を切り落としてしまうが、私は見るのが楽しいので、残しておく。一度にとてつもない量が熟れていくので、近所にあげたり、アイスにしたり、冷凍しておいたり、採れると忙しくなる。株で増えていくので、バナナの横には、必ず小さいバナナが次々に生えてくる。それを引っこ抜いて植えれば、ずっと増えていく。うちのも裏のおばあちゃんにもらった株だ。ヤギはバナナの葉っぱも大好き。
 月桃はとても強く、どんどん増えて大きくなる。株でも種でも増えるので、どこへ行っても見かける。葉っぱはとてもいい香りで、抗菌作用もあるので、よもぎ餅を蒸すときによく使う。月桃のことを島の方言で"かしゃ"と言うので、かしゃ餅という名前だ。すごく似ているクマタケランもよくあり、うちはもともとこちらがたくさん生えていて、香りもほぼ同じ。月桃より葉っぱが柔らかいので、かしゃ餅は本当はこちらで包んでいるという噂。細かい名称にこだわりのない島人たちはクマタケランのことも"かしゃ"と呼び、特に区別していないことも多いのだ。花が全然違うので、私は開花の初夏だけ見分けることができる。大きい葉っぱをお皿にしたり、乾燥させてお茶にしている。友人は蕾でコーディアルを作っている。私はいつもやることが一足遅いので、今年も時期を逃した。来年こそは作ってみたい。あとはチマキもやってみたい。一度、餃子のようにひき肉を中に包んで蒸したら、とてもおいしかった。大きくしっかりしてるので、庭の垣根にしているところもよく見かける。
 ウコンも毎年生えてくる。根っこを乾燥させて、スパイスとして使いたかったが、多湿すぎる島では永遠に乾かすことができず、カビさせてしまったことがある。それ以来、葉っぱを乾燥させてお茶にしている。ほんのり甘くて美味しいのだ。花はガラスのように透明感があってびっくりするほど美しい。見ていると、心がすーっと綺麗になって気持ちがいい。
 海辺にはハマダイコン。砂浜沿いに大量に咲くので、よく摘んでサラダや飾りにも使う。ハンダマも年中生えてるから、急な来客で冷蔵庫に何もないとき、摘んできておひたしをよく作る。ヌメリが少しあって、海藻のような味がする。さっとお湯をかけて、薄くスライスした新タマネギと和えるサラダもいい。
 他にもその辺に生えているシマアザミの茎はお正月料理の煮物に欠かせないし、友人の職場の川沿いにはクレソンが生えていたとか。
 島に来てから、私は風邪をひかなくなった。しょっちゅうできていた口内炎もない。海には魚が泳いでいて、山にはヤギやイノシシ、鶏を飼っている島人も多い。なにより、その辺に食べ物があることが、安心感をもたらしてくれているからかもしれない。



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