• ミロコマチコ「ミロコあたり」

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 奄美大島にハマっている。去年の初春、仕事の取材で訪れたのがきっかけだ。はじめて空港に降り立った瞬間の空気が、もう好きだった。それからというもの、わずかな時間でもスケジュールが空けば、通っている。
 先日、9月中旬に訪れたときのこと。東京は少し秋を感じ始めていたけど、まだまだ奄美は、夏真っ盛り。必ず行きたい場所が、いくつかある。中心街の名瀬にあるホルモン屋。わたしたち夫婦は、ここの店主が大好きだ。この店で、わたしたちは注文をしたことがない。その日その日に、店主のおっちゃんが仕入れてきた島の魚介や肉、野菜、果物などが、ホイホイホイと勝手に出てくる。
 かつて疑問に思い、尋ねた。
「ホルモンって看板、あがってるけど、あるん?」
「あれは、昔の看板」
 話を聞くと、おっちゃんは、やり始めた当初から、長年に渡って、何のお店にするのかずっと悩んでいるらしい。お店の名前も実はまだ、ない。なんとものんびりしていて、奄美らしい人である。
 今回訪れると、なんと「焼き肉食べ放題」の看板が上がっていた。店に入り、久しぶりやねぇと喜び合った後、いつもの調子で何も言ってないのに、貝などが出てくる。すると、新しいお客さんが入ってきた。どうやら観光客で、はじめてこの店に入るらしい。
 当然のごとく、「焼き肉食べ放題を......」と言うと、
 おっちゃんは「食べ放題はやめといた方がいいよ」と言う。
 戸惑うお客さん。その看板を見て入ってきたのだから当然だろう。そんなことは気にもしないおっちゃんは、
「食べ放題は食べ切れないからやめて、今日は野菜とお肉の炒めものにしましょうねぇ」などと言っている。
 食べ放題って、好きな分量だけ食べれるものだと思っていたが、どうやらおっちゃんの考える食べ放題は、最低の量というのがあるようだ。早くも看板の通りになっていないことに、わたしたちは大爆笑。柔軟なお客さんは、
「じゃ、それで〜」と言っておっちゃんの言う通り注文していた。
 わたしたちはいつもここでのんびり食べて飲んで過ごし、お客さんが空いてきた頃におっちゃんも隣の席に座り、いろんな話をする。おっちゃんは昔、東京に住んで絵を描いていたらしく、今わたしが住んでいる家とそう遠くない場所で、話が盛り上がる。おっちゃんが拾ってきたお気に入りの石が店内にポロポロと置いてあり、模様がウサギがいるように見える、とか宇宙に見える、とかいう話を聞く。
 いつものようにたらふく食べて(異常に量が多いのだ)、デザートにバンシロウ(グァバのことを奄美の人たちはそう言う)を食べたので、そろそろ帰ろうかということなった。
 今回は名瀬から遠い場所に宿泊の予約をしていたので、
「代行タクシーで帰るわ」と言うと、
「そんな遠いところまで代行は大変だから、今日のご飯はタダでいい」と言い出した。
「いやいやいや!」と断って、無理やり3000円(それでもべらぼうに安い)を渡すと、
「それじゃあ、これ、持って帰って」と言って、持ってきたのが、大量のバナナだった。
 スーパーに売っているような6、7本連なったグローブ型ではなく、太い幹にそのグローブが10個くらいくっついたような巨大なものだ。
「おっちゃん、これはあかん!」
 嬉しいけれど、わたしたちは2泊3日しか滞在しない予定なのである。食べきれないし、持って帰るには異常に重かった。しかしおっちゃんは「大丈夫よ、大丈夫!」と言って聞かない。仕方なく、ありがたく頂戴し、ヒーヒー言いながら、宿泊所に持ち帰った。
 今回は、集落の中の使われていない住居を改装した一軒家に泊まっていた。その玄関にバナナを横たえた。とりあえず1本食べてみる。普段食べている甘いだけのものではなく、程よく固く酸味もあってめちゃくちゃ美味しい。
 2日目、わたしたちは島の不動産屋と会うことになっていた。実は、いつか住むことも考えている。不動産屋と言っても、一緒にお酒を飲みに行ったり、カラオケにも行ったし、手作りのタナガエビの唐揚げを持たせてくれたり、東京にも黒糖やフルーツを送ってくれたり、第二の母のような存在である。孫の愉快な絵を見せてくれたり、わたしの絵本を図書館で見つけたと喜んで連絡してくれる。
 物件を見終わってお別れのとき、「これ、バナナ」と言って袋を渡された。昨日ほどではないが、こちらもしっかり20本くらいは入っているように見える。
「えっ! バナナ......」と動揺したが、もういっぱい持ってるからいらないと言うのも申し訳ないので、受け取った。さらに、いつも同行している男性からも袋を渡され、「これ、バンシロウ」と言われる。こちらも10個ほど入っている。またしてもズッシリとしたみんなの思いやりを両手に抱えて、嬉しいけれど、食べ切れるだろうかと、少し不安になる。バンシロウは特に強い香りで、車の中が南国になる。その日は一日中トロピカルな空気に包まれて行動した。
 3日目、大量のバナナとバンシロウを車に乗せ、飛行機の時間までのんびり海を眺めたりして過ごす。道路を渡ろうとしたとき、車が来た。停まってくれたので、横切ろうとすると、窓が開いた。見知らぬ運転手の手が伸びて手招きするので近寄ると、助手席からどんどんバンシロウが出てきた。ホイホイと有無を言わさず渡されると、ブーンと走り去っていった。
 たったの2泊3日で、バナナ約100本、バンシロウ15個を抱え、東京に戻ってきた。途中で合流した友人にだいぶお裾分けしたが、それでも家にバナナを大量に吊り下げることになった。その様子を眺めていると、島の人たちのあたたかい心を思い出す。早くもまた、行きたい気持ちに駆られるけれど、もらった時は青かったバナナが一斉に黄色くなり、黒くなりつつあるので、慌てて食べているところ。





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