• ミロコマチコ「ミロコあたり」

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 イラストレーターのとくちゃんと、よくお酒を飲みに行く。近所に住んでいる特権で、お互い仕事が終わったあたりで適当に連絡し合って、近くの店で飲むことが多い。だけど、その日は共通の友達じゅんちゃんが来るということで、珍しく時間もお店も決めて、飲むことにした。
 そこに、とくちゃんが一緒に仕事しているという、デザイナーのSさんを連れてきた。4人みんな同年代。わたしとじゅんちゃんはSさんと初対面だったけど、日本酒が美味しいお店で、スルスル酔っ払って、すぐに打ち解けた。すっかり気を許したわたしととくちゃんとじゅんちゃんは、いつもの調子で会話が白熱してしまい、そのうち喧嘩になって、じゅんちゃんは帰ってしまった。
 そんな様子をSさんは、静かにほがらかに見ていてくれて、2軒目に3人で行ったときに、あれは言い過ぎだよ、と穏やかにたしなめてくれた。そんな風に静かにみんなを見守るSさんだけど、カメラを向けるとふざけた顔をしてくれるようなお茶目な人でもあった。
 あれから3年。とくちゃんから連絡が来た。
「前に飲んだSさん、覚えてる?」
 とくちゃんとは相変わらず定期的に飲んでいるが、Sさんとはあれっきりになっていた。
「覚えてるでー、どないしたん」と聞くと、
「亡くなった」と一言。
 衝撃が走って、しばらく思考が停止した。何が原因かはわからないが、同年代で若くして亡くなったことがショックだった。重たい塊が心に乗っていたけれど、お互い元気でいようなーという返事をした。
 その数日後、千代田区麹町の喫茶店で仕事の打ち合わせをした後、次の仕事へ向かおうと歩いていると、目の前の横断歩道を、とくちゃんが渡ろうとしているのを発見した。大急ぎで呼び止めると、こちらを見てびっくりしていた。わたしたちはほとんど、夜に近所の飲み屋で会うことしかなく、こんなに家から離れた都会の真ん中で、昼間にバッタリ会うことがなんだかおかしかった。
「どこ行くん?」
「Sさんの展覧会に行くねん」
 二人して目を見開いて、驚いてしまった。そこは偶然にも、Sさんが勤めていた会社の目の前で、今までSさんが手がけた本が展示されていた。生前お付き合いのあった方たちを招いたものだったみたいだけど、わたしも特別に入れてもらい、展覧会を見た。
 SさんやSさんのこどもたちと一緒に写った写真なども展示されていて、胸が詰まる。そしてSさんが形にした本、100冊が一堂に並んでいた。とくちゃんと、2人で作った本を見た。Sさんはやりたいことのために、とことん闘う人やった、と聞いた。同僚の方からも、1冊ずつこだわっていた部分や作ったときのエピソードを聞いた。Sさんはもういないけど、本は生きていて、とても格好良かった。それぞれの本の前に立つと、Sさんの強い想いをガンガン浴びせられているような気がして、短い時間だったけれど、大事に見た。
 あの場所に、わたしととくちゃんが歩いていたことが、偶然とは思えなかった。
 Sさんに、「ねー! ぼくが生きてきたことを見て!」と言われている気がした。
 わたしはSさんと直接仕事をする機会はなかったので、実際の仕事中の様子を見たわけではないけれど、作る姿勢は本から出ていた。Sさんが一生懸命本と向き合っている様子が見えた。
 Sさん、しっかり見たよー。ありがとうー。
 つい最近、じゅんちゃんを誘って3人で飲んだ。そこでも、Sさんの話題になり、生きることについて話した。あの時飲んでいた4人のうちのひとりが、亡くなった。それは特別なことではないような気がした。それはとくちゃんだったかもしれないし、じゅんちゃんだったかもしれないし、わたしだったかもしれない。
 わたしが死んでも、作ったものは残る。今まで描いた絵や本は何を言うだろう。そう思うと、今作りたいものをちゃんと作ろうと思う。Sさんの、空からの計らいにより、見ることができた世界を、しっかり受け止めよう。
「いつ死ぬかわからないから、好きなこと全力でやれよー」というSさんの声が聞こえる。





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