• ミロコマチコ「ミロコあたり」

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 夏の間はアリの大量襲撃に悩まされたけど、秋になったらヤスデの大量発生に困っている(12月中旬現在、まだ日中は20℃を超えているので、冬というよりは秋なのです)。こちらは悪さはしないけど、見た目によらずノロノロと歩くので、踏んでしまうのと、ヨードチンキのような匂いが辛い。大家さんが家の周りに殺虫剤を撒いたら、家をぐるり囲んで大量に死体が転がっており、ヤスデさんからすると、地獄絵図のようになっている。それを、毎朝ほうきで履いて回るわたし。ほうきからまたヨードチンキがツーン......。
 さて、奄美大島には「種下ろし」という行事がある。集落ごとに行われる祭りで、それぞれに日程が違うが、だいたい10月の後半の土日であることが多い。1年間無事に収穫できたことを祝うためと、次の種を蒔いて、また豊作を願うための祭りだ。
 その年ごとに変わるという集合場所に、18時に集まる。集合場所は近所の家。もし、新築の家があると、そこが必ず開催場所になるという。向かうと、だいぶ手前から賑やかな音が聴こえてきた。三味線とチヂン(島唄で使う太鼓)だ。100人くらいはいるように見える。民家の庭なのに、ライトアップも完璧。黄色い短冊がぶらさがった笹を中心に、みんなが円になり、唄い踊っていた。ちょうど曲が終わり、入り口のところで声をかけられた。
「待ってたよー!」
 この家の奥さんだった。
「紹介するからね!」
と言われ、マイクを持った幹事役のようなおじさんのところに連れて行かれる。
「会長さん、今度引越してきた、画家さん」と紹介されると、
「あとで発表するから!」と会長さん。
 料理を持った人たちから、私たちは次々と食べ物を渡される。かしゃ餅や、油ゾーメンなどの奄美の郷土料理から、サンドイッチや鶏の唐揚げなどまで、様々。
 庭の隅には「お酒」とダンボールに手書きマジックで書かれた看板が貼られた軽トラがあり、その横に立ってるおじさんから、缶ビールを渡された。荷台に氷と水を入れた大きなクーラーボックスが載っていて、大量にお酒が積まれている。
 両手いっぱいに食べ物や飲み物を持って唖然としていると、先ほどの会長さんが、マイクで話し始めた。
「えー、今度引越してきた人たちを紹介しますー」
 みんなが注目する。こどもたちはじっとするのが嫌で駆け回っている。
「はい、自己紹介して」
 旦那さんに持ってもらい、なんとかやりくりして、マイクを持つ。
「6月に引越してきたミロコです。絵や絵本を描いています。家に本がいっぱいあるのでこどもたちは遊びに来てください」
と言うと、駆け回っていた子どもたちが足を止め、
「やったー!」
と声援を上げた。なんとも無邪気でかわいい。
 そのあと、皆から納められた集落の活動資金になる寄付金の短冊が読み上げられる。金額と名前が赤裸々に伝えられることに、びっくりした。その短冊を七夕のように、笹に吊り下げていく。
「それではみなさん、踊りましょうー」という声と共に、再び三味線とチヂンと島唄が響く。
 さっきまで食べて飲んでいた人たちが、笹を囲んで円になり、サラサラと流れるように手を振りながら踊る。周りの人たちに促されて、私も円に入った。
「どうやってるの?」と訊くと、「いいの、いいの、適当で!」と言われたので、見よう見まねで踊った。
 3曲ほど踊っただろうか。最後の六調という賑やかな曲が終わると、会長さんが、
「はいー、移動します──」と言った。
 いつの間にか、家の横に大きな島バスが停まっていた。乗り込む集落の人。人数が多いので、奥から補助席がどんどん開けられていく。三味線やチヂンを持った演奏者も楽器と共に乗り込み、発車。
 なんと、次の家へ向かうのだという。「お酒」軽トラもついてきた。隣に座っていた小学生の女の子に、当たり前のように話しかけられた。
「ねー、次もお菓子ある?」
 奄美の子どもたちは本当に人懐っこい。
 次の家に着くと、こちらもちゃんと庭がライトアップされ、たくさんの料理が用意されていた。お酒が振舞われ、また踊りまくる。ヨボヨボのおじいちゃんやおばあちゃんも島唄が流れ出すと立ち上がり、目を輝かせて踊る。黄色い短冊の寄付金を読み上げ、笹に飾り、また踊る。そして、次の家へ向かう。
 3軒目での踊りが終わると、急に背後が騒がしくなった。見ると、バスを取り囲んで、みんなが叫んでいる。よく見ると、せり出す山の傾斜にバスが乗り上げてしまい、タイヤが空回りして進まなくなってしまっている。
「前へ行け!」だの「後ろへ下がれ!」だの、みんなが運転手に好き放題言っている。どうにも動かないので、みんなでバスを押すことにした。
 せーの、で押し、運転手はアクセルを思いっきり踏む。集落の男たちが束になって、でっかいバスを押している横で、酔っ払って謎にキレているおじさんがヤジを飛ばす。なんだか原始的で、おかしくて、最高。ここはインドか!と心の中でツッコむ。
 結局、バスは微動だにせず、焦げ臭い匂いがしてきたので、「ダメだ、ダメだ!」と口々にみんなが言い、次の家には歩いて行くことになった。せっかく用意した大型バスが使い物にならなくなるとは.....!
 歩いている途中からポツポツと雨が降り出し、4軒目では雨になった。楽器にタオルをかけながら、それでも、ご飯を食べ、酒を飲み、唄い、踊る。
 私たちはさすがにお腹いっぱい、踊りもお腹いっぱい、体も濡れて寒くなってきたので、退散することにした。その時すでに、11時近かっただろうか。種下ろしは、夜中まで続くらしい。背中に、賑やかな島唄を聞きながら、帰る。この時間が永遠に終わらないようにも感じた。
 奄美の人の行事に対する熱を垣間見た夜だった。



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