• ミロコマチコ「ミロコあたり」

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 奄美大島に電車はなく、主要道路を走るバスが1時間に1本、ある程度。普段の買い物や公共料金の支払いなど、車がないと、生活ができない。
 というわけで、久しぶりに運転することになった。大阪で暮らしていた時は下手なりに少しは運転していて、東京で暮らした11年間で、すっかりペーパードライバーになっていた。
 慣れない運転だけど、奄美大島の道路は、大阪よりもはるかに簡単だ。信号も少なく、高速道路もない。誰も急いでいないから、私のようにノロノロしていても怒られることもない。ただ、たまに飛び出してくる猫や蛇など、動物たちに気をつけたい。
 車の困ったところは、お酒を飲むと運転できないことだ。私たちは夫婦どちらも酒好きで、譲り合うことができない。居酒屋がある町までは車で30分ほどかかる。いつも代行運転で帰ってくるのだが、これがなかなかもったいない気がする。東京では、夜遅くまで電車やバスが走っており、なんて恵まれていたんだろうと実感する。
 だが、住んでみると、意外と近所に隠れた居酒屋が存在することに気づいた。家から徒歩3分と徒歩10分のお店を見つけた。歩いていける場所にあるなんて、天国だ。ただ、日が暮れるとうちのあたりは街灯もなく、本当の真っ暗になるので、早い時間に出発する。それでも隣に住む大家さんに、
「歩いていくの⁉ 危ないよ! ならば懐中電灯を持って、道のなるべく真ん中を歩いて行きなさい」と言われた。
 私たちは「そんなに?」と半信半疑だったが、釣りでよく使用するヘッドライトをつけて出発。小雨が降っていたので、カッパも装着(奄美で傘をさすことがなく、まだ持っていない)。とてもこれから飲みに行くような格好とは思えない。
 徒歩10分の居酒屋に到着。大阪出身の夫婦がやっているお店で、料理も美味しく、また来たいと思って、黒糖焼酎のボトルをキープした。
 店主に「観光客ですか?」と聞かれたので、
「近所に住んでて、歩いてきたんです」と言うと、
「そんな危ないことを!」と驚かれ、帰りは奥さんに車で送ってもらった。
 後日、徒歩3分の居酒屋へ。この日も小雨が降っていたのでカッパと懐中電灯を携えて、向かう。奄美の夕方はいつも小雨が降るのだ。こちらのお店も料理は大変美味しくて、店主も陽気で、また来たいと思い、黒糖焼酎のボトルをキープした。
 店に車が停まっていないのを見て、「まさか歩いてきたの?」と聞かれ、
「近いんで」と言うと、
またもや「危なすぎる‼」と言われて、同じく奥さんに車で送ってもらった。
 奄美はどうやら、歩くより車に乗った方が安全らしい。それはハブが出るから。大家さんが「道の真ん中を歩きなさい」と言ったのも、道の両脇の草むらから、ハブが突然現れるかもしれないからだった。
 しかし、私たちはまだハブを見たことがない。でも奄美の人たちは別れる時など「ハブに気をつけて」と口癖のように言う。車に乗ってたって、降りる時にたまたまハブがいて、噛まれたおばあちゃんとかもいるらしい。ハブの毒はタンパク質を溶かすらしい。想像しただけでおぞましい......。
 とはいえ、徒歩3分と徒歩10分の店に車で行って、代行運転で帰ってくるのももったいなくて、お店には通い続けているが、いつも奥さんの運転で送ってもらっている。申し訳ないな、と思いつつ、歩きで帰ることは許してもらえない。何かいい方法はないものか。
 今のところ居酒屋へ行く時の有効な手立てとしては、ヘッドライトに、ハブに噛まれてもいいように、全身長靴のようにゴムで覆われているスーツを装着、カッパ、という姿を考えている。



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