• ミロコマチコ「ミロコあたり」

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 新しい自宅兼アトリエは、小中学校の通学路に面している。工事中から、ある小学生がうちに寄るようになった。
 学校では本名のタケオをもじって、タケノコくんと呼ばれてるらしい。確かにニョキニョキ伸びるタケノコのように大きいが、小学3年生だという。
「あのー、今日は一体何を作ってるんですか?」 
など、子どもらしからぬ敬語を使う。愛らしい風貌と飄々と話す仕草が、とてもいい味を出している。
 工事に興味があるのか、日々の作業を少し見ては、帰っていく。わたしの取材中にも現れたので、『暮しの手帖』にタケノコくんが載ったりした。
 やがて家が完成して、われわれ夫婦が引っ越してきたある日曜日、8時前にチャイムが鳴った。私はまだ布団の中にいたので、のろのろと起き上がってドアを開けると、タケノコくんだった。
 掲載誌をあげたお礼に、と手のひらに乗るくらいのシイラの形の焼き物をくれた。タケノコくんの手作りらしい。シイラの特徴がしっかり出てて、目がつぶらでかわいらしい。すばらしくて、本棚に飾った。
 タケノコくんは、そのまま家にあがると、猫に興味津々なので、猫のおもちゃを貸してあげた。おもちゃを振るタケノコくんを、まだパジャマのままでコーヒーを淹れながらぼんやりと見る。床にはいつくばって猫の目線になり、必死におもちゃを振って気を惹こうとしている。猫たちはあまり触れ合ったことのない小学生に戸惑って、おもちゃよりタケノコくんを凝視している。
 集落の人が突然やってくることは日常だが、友人の子どもでもない小学生が突然来て、うちで遊んでいるという慣れない状況に私は戸惑いながらも、コーヒーをすすりながら、ゆっくり体を目覚めさせる。次は本棚にいきものの図鑑を発見して、読み始めた。DVD付きを見つけて、観たいというので映像を流す。野鳥や魚にもとても詳しい。いきもののことをとても楽しそうに話す。
 しかし、DVD を見ながら時間を気にし始めた。うちには時計がないので、タケノコくんはあちこち探して炊飯器の表示を発見した。頻繁にモニターと炊飯器を行き来する。
「10時から家族で桜を見に行く約束をしてるんで」
と言って、帰っていった。10時からの予定前にひと遊び入れるなんて、さすが。それにくらべて、私はまだパジャマで、顔も洗っていない......。
 それからも、頻繁にタケノコくんは遊びにくるようになった。あるときは友達を連れてきて、みんなで釣りに行ったり、あるときはその友達だけが遊びに来たりすることもあった。
 奄美の子どもたちは、見知らぬおとなにも全然物怖じしない。集落内の抜け道や、誰が住んでるかなどをたくさんおしえてくれる。走って競争しようとか、無茶なお願いをしてくるが、そう頻繁には走れない。ごめんね。
 タケノコくんは、
「こないだの日曜日は遊びに行けなくてすみません」
などと言う。
「いやいや、毎週は来なくていいから」
とツッコミを入れる。タケノコくんのこういう発言がなんともおかしい。
 ある日、旦那さんが車で走っていて、道の途中でタケノコくんに会うと、
「家まで乗せてくれませんか」
と言うので、送ってあげたらしい。
 また別の日の夕方、タケノコくんが来て、
「お母さんが、外壁は何も塗らないんですか?って聞いてました」
「塗らないよ」
と話すと、ふんふんとうなずいて、
「あの、家まで送ってもらえませんか?」
 なるほど、かしこい。学校からタケノコくんの家まではだいたい30分くらい。その中間あたりにうちがある。ここまで歩いて、疲れていたり時間が遅いと、うちに助けを求めてくるのだ。ただ送ってほしいというのだけは気がひけるので、おかあさんの質問を聞きに来たという体でお願いしている。その魂胆が見え見えなのがかわいい。
 また別の日、夕方突然降り出した雨の中、タケノコくんが立っていた。
「お母さんが、庭の土はどうするんですか?って聞いてました」
 いやいや、ずぶぬれで来てその質問はないでしょう、と心の中でツッコミを入れながら、
「土を敷いて芝生を植えるんだよ」
と答えると、
「じゃ」
と言って背中を向けて歩き出したので、おっ、今日は頑張って歩くか?と思った矢先に振り向き、
「あの、家まで送ってもらえませんか?」
 さすがにずぶぬれでは風邪をひいてしまう、と送ってあげた。
 また別の日、送迎のお礼にと、タケノコくんのお母さんから、きびざらめ1kgと、20kgまで買える製糖工場の割引券をもらった。ひゃっほー。砂糖に当分困ることはない。
「20kgって、すごいね!」
と言うと、
「うちは60kgありますよ」
なんて、飄々と言う。それから、60kg並んでる様子を体で表してくれた。
 いろんな架け橋になってくれるタケノコくん。集落内でたくさんのおとなと触れ合っている子どもたちにとっては、新参者のわれわれもその一部で、分け隔てない。放課後や休日に自転車を乗り回して、校庭や海や山に行くように、うちがあるのだ。
 タケノコくんとの予期せぬ触れ合いのおかげで、早く集落になじめそうだ。



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