• ミロコマチコ「ミロコあたり」

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 細く長い奄美大島は、どこへ向かっても海がある。美しく透明な青緑の海を覗くと、たくさんの魚が泳いでいる。集落ごとに港があり、ちょこちょこと釣りをしている人がいる。それは、だいたいおじさんだ。不思議なことに。
 おじさんに話を聞くと、「どこでだって釣れる」と言う。どんな魚が釣りたいかで場所の特色はあるけれど、目的の魚が特にいなければ、どこでだっていいのだ。
 自分たちで釣った魚を食べれたら、どれだけいいだろう。私たち夫婦は、早速釣りを始めることにした。義父が釣り好きだったこともあり、旦那さんは少し知識があった。私は人生でほとんど初めてなので、高価な竿をいきなり買うことはできず、「ちょい釣りセット」という、すぐ始められるお得なパックを購入。釣り具屋さんで色々聞いて、良さそうな漁港へ。途中スーパーでお弁当と長時間居座るつもりでポテトチップスなど買う。
 先に、高校生の3人組が釣りをすでに楽しんでいた。「だいたい釣りをしているのはおじさん」なんて言ってごめんなさい。思えば、学校が夏休みに入ると、釣り竿を自転車に乗せて走っている小中学生なんかもよく見かけた。奄美の子供たちは、自然に遊びとして釣りが身についていくのだろう。羨ましい。
 まず、お弁当を食べながら見ていると、高校生たちは凄まじく立派な釣竿を持っていた。竿を手でずっと持っていなくても、立てられるようなアイテムや、竿の先に鈴が付いていて、魚がかかると音が鳴るようにも工夫されていた。さんまの頭のような大きなエサをつけていて、どれだけ大物を狙っているのかがよくわかる。
 お弁当を食べ終わり、その横で、初心者丸出しの「ちょい釣りセット」で釣りを始めた。エサは小さなエビ。高校生たちのに比べると、半分くらいの長さの赤ちゃん竿を海に垂らす。スイスイ泳ぐ魚の群れが見える。魚が跳ねる。確実にいるのはいる。しかし、暑い。
 高校生たちの竿が引っ張られるたびに、三人で協力して網を構えたりしていたが、逃げられたり、切れたりとなかなか釣れないようだ。私たちも、さっぱり。でも、根気よく粘っていると、ピュンピュンと竿が引っ張られて、竿先がビクビクと動いた。引っ張りあげると、小さな黒い魚が釣れていた。
 私は大歓声をあげて喜んだ。旦那さんも走ってきた。初めて釣った魚を、二人で覗き込む。黒い魚は鮮やかなブルーで縁取られた大きな白いラインが2本入っていた。美味しそうではなかった。けれど、初めて釣った喜びで、暑さが吹き飛んでいった。高校生はこちらをチラリと見たけど、あまりの小魚に興味がないようだった。
 俄然やる気が出て、そこからも粘りつづけた。すると旦那さんも一匹、カサゴのような赤いトゲトゲした魚を釣った。結局、初めての釣りで釣ったのは、その二匹。家でさばいて、焼いて食べた。私の釣ったのは少し臭みがあった。調べたら、クマノミの仲間。そりゃあ美味しくなさそうだ。旦那さんの釣ったのは、とてもとても美味しかった。
 すっかりはまってしまい、それから旦那さんはほぼ毎日釣りに出かける。私も時間ができれば、一緒に行く。時間帯、場所、仕掛け、いろいろ模索しつづけている。徐々に、美味しい大きな魚も釣れはじめた。たくさん釣れる時もあれば、少しの時もあるけど、一匹も釣れなかったことがないのだからすごい。それだけ粘ってるってこともあるけれど。ご褒美に、ウミガメが現れてくれることもしばしば。こないだは、エイもいた。
 魚をさばくのも下手だったけど、少しずつ上達している。そしてどの魚も、美味しい。釣った魚を図鑑で調べるのも、お楽しみのひとつ(後から毒がある種類もあると知ってゾワッとしたり)。
 持論だけど、「釣れろ!釣れろ!」とか思っているうちは、釣れない。ぼーっと無心になって、竿が引っ張られているのに気づいて、「ハッ! 今私の意識どっか遠くに飛んでってたなぁー」となった時の方が、魚がよくかかる。そして大きな立派な竿よりも、ちょい釣りセットの赤ちゃん竿の方がよくかかる。私には、これくらいがいいのかもしれない。
 思えば、こんなに長時間ぼーっとすることって、ここ10年くらいはなかったかもしれない。うっかり一日ぼんやりしてしまったら、罪悪感に包まれ、落ち込んだりしていたような。だけど、今は、ぼーっとしてる方が釣れるのだから、ぼーっとしても落ち込んだりする必要はない。
 ぼーっとしてると、気づくこともたくさんある。永遠に揺れる海を焦点の合わない目で眺めていると、美しい光で夢のような気持ちになったり、森からいろんな生き物の声やざわめきが聴こえてくる。こないだは、生き物の声ともなんとも言えない、シャカシャカいう音が森全体からずっと聞こえてきた。あれは、なんだったんだろう。満月の夜は、本当に明るいということを実感したり、海の匂いが場所や日によって全然違ったり。あと、釣り中は手が汚れているので、ポテトチップスは、絶対食べないってことも!
 なんとなくそこにいる人たちと連帯感が生まれるのもいい。隣で釣りをしている知らない人が釣れても、嬉しい。子供たちが「釣れてますかー?」と言って、寄ってくることもある。おじさんが魚の名前を教えてくれたり、(ただし、奄美の呼び方は全然違うので、なんと言ってるのかさっぱり聞き取れないこともよくある)。「それは焼くのがうまいよ」とか、「浜から釣ったってめちゃくちゃ釣れる時あるよ」など、いろいろな会話が生まれる。
 うちに、釣り道具が増えていく様子を見て、大家さんが自分の釣った大きな魚拓を見せてくれた。よくよく見ると、部屋にはかっこいい釣竿がずらりと並んでいた。
「暗闇で、手の感覚だけで釣る時の喜びはすごいよ!」と目を輝かせていた。
 私たちは、永遠に飽きることがない遊びを見つけてしまったのかもしれない。



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