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k07_photo1.jpg 4月11日、アミアンの市民たちに、小さな発表会の形で、そこまでの成果を観てもらう。もちろん衣裳もなければ、照明も素明かりのまま。小道具も仮のもの。音楽だって完ぺきではない。でもこういうときのほうが、やりたいことのイメージはかえって伝わるんだよ。みんなの想いや願いがはっきり見えるんだよ。みんなだって気付いていなかったことを、今日この瞬間に発見するはずだよ。だからやっぱり今日は特別な日だ。
 ローカルニュースになったからか、「シルク・ド・ジュール・ヴェルヌ」を誇りに思っている市民だからか、随分大勢の人たちが集まってきた。年配の夫婦や子ども連れの家族。パリからやって来たサーカス業界の人もいるらしい。
 フランソワのキーボード、ロロンのパーカッションで音楽が始まり、特別出演タゲのサーカスの呼び込みの声。40年間サーカスや大道芸をやり続けてきた、本物の声だ。
 幕の隙間から顔を覗かせ、一行がゆっくり現れる。笑ったり、驚いたり、遠くを見たり、振り返ったり、泳ぐように、揺れるように、超スローモーションで空間の中央までやって来る。普段彼らはやったことがない動きなので、この場面をつくるのはかなり苦労した。

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今日はみんな気持ちよさそうに動いている。音楽が止まり、一同も止まると、シャルロットが、プラカードを掲げる。
「貧しい者たちによる、貧しい者たちのためのサーカス」
 三文オペラの幕開きの大道歌手のことばが流れる。
「鮫には牙がある。メッキーはナイフを持っている。サメのヒレには血が付いている。メッキーの手袋は汚れていない」
 一同はびくびくして辺りをうかがいながら、動く。寄り添ったり、お互いを疑ったり。大きな電線コードを巻く車輪が、空間を横切る。誰かが誰かの腕を引っ張ると、抜ける。再び音楽が激しく始まり、みんなが他人や自分の手足を引き抜いたりしながら、遊び出す。飛んだり跳ねたり、ジャグリングをしたり。ミッシェルがピーチャムというキャラクターの目印、大きな鼻付き眼鏡をかける。
 音楽が、無声映画のBGみたいな曲になり、プラカード。
「ピーチャム夫妻は娘が宿敵メッキーと婚約したことを知る」
 スティナのピーチャム夫人とお茶を飲んでいると、ロッタが扮した娘、ポリーがうっとりとした顔で入ってくる。手には見慣れぬ指輪。問いただし、婚約の事実を知る。父親は娘を叩く。親子3人は叩いたり、ひっくり返ったり、早回しの無声映画のようなドタバタ、スラップスティックコメディ。
 ビニールの幕にぶら下がったシャルロットが大笑い。教会のオルガン。神父がメッキーとポリーの婚礼を行う。メッキーとポリーは人形。そこへ、プラカード。
「メッキーの子分たちによる手荒いサーカス式祝福」
 四方からみんなが飛び込んできて人形を相手にお祝いをする。人形が生きている人間に見えるように、みんなで協力して動かすんだよ。周りの人がちゃんとリアクションしないと、そう見えないよ。この場面も随分苦労したな。サーカス芸人にこんなことさせるのは無謀だったのかなあと後悔もした。でもみんな一生懸命工夫して、今日はそう見えるじゃないか。
 みんなが身体を寄せ合って、上に乗ったり、抱えあげたり、組み合わさって象の形をつくり、メッキー人形を乗せてお祝いの行進。
 それから、早くも飲みすぎた神父役のユニのディアボロ。中国独楽という2本の棒の先についた糸でお椀を2つ合わせたような独楽を回して操る。フィンランドの青年ユニの専門。彼はフランスのサーカス学校を出たばかり。ディアボロの技はなかなかのものだが、おっとりしているというか、ぼんやりしていてすぐにきっかけを外す。怒ると犬みたいなきょとんとした眼で、じっとこっちを見ている。
「君がディアボロを扱っているのではなく、ディアボロに君が翻弄されているように演じてみようよ」
 ときに優しく、ときに激しく襲いかかるように。揺れる音楽にあわせて、酔っ払い神父のユニはディアボロと戯れる。
k07_photo3.jpg 次は、ブラジルの黒人オスマーが大きなベッドを運んできてメッキーにプレゼント。ベッドマットをクッションに空中回転。2回宙返り。半ひねり回転。彼の得意は、アクロバット。飛んだり跳ねたり、すごいバネだ。でも、稽古の途中で足を捻って、なかなか本気を出せなかった。本当は焦っていたのだろうけど、いつも笑っている。今日はばっちり決めてくれる。みんなも元気に跳ねまわる。よーし! 君が決めてくれないと周りが思うように動けないんだよ。
 みんなはメッキー人形と乾杯し、だんだん酔っ払っていく。クリフトとミッシェルの酔っ払い道化の酒瓶の取り合い。一本の酒瓶をあっちにやったりこっちにやったり、どっちが持っているのかわからなくなる。サーカスクラウン芸。そのうち酒瓶は5本になって、天才ジャグラー、ミッシェルの見せ場だ。ミッシェル、君はめんどくさい奴だなあ。以前のように無邪気にジャグリングに夢中になれば、観客は大喜びして感動するのに。でも、僕には、なんだか君の気持ちがとてもわかるような気がするよ。心の中の消えそうな火を、長い間消さないようにするのは、大変なことなんだね。サーカス育ちのサーカスっ子。今日は、一段と高々5本の酒瓶が宙を舞う。
 今回の相棒クリフトは一番年長だが、ミッシェルとは対照的な奴。いつも自分を乗せようとしている。「俺はすげえんだ。俺は魅力的なんだぜ」と、いつもブツブツ自分に言い聞かせているようだ。そして、ものすごく緊張する。若い芸人たちよりたくさんの経験をしてきたのに、誰よりも緊張する。そしてそれを、隠す。だから、突然ぶっ飛んだようなテンションで、空回りしだす。でも、ミッシェルの力を借りて、今日は活き活き楽しそうだ。
 次は、フィンランド娘、ロッタとスティナのロラボラ。周りのみんなはとうとう酔い潰れ、寝てしまうと、酒の強いフィンランド娘がげらげら笑いながら出てきて、直径40センチぐらいの鉄管の上に乗せた板の上でバランスをとりながら、ロッタがスティナの体にのぼり、頭の上に立ったり、逆立ちしたりする。ロッタもスティナもかわいいけど、デブちゃんで、とてもそんなことができるようには見えない。それがすごく面白い。ふたりともキャアキャアわめきながら、遊んでいるみたいに、とんでもないことをしてしまう。自分たちもびっくりして、「どうしよう、どうしよう、ね、どうしたらいいの?」なんてフィンランド語でずっとしゃべっている。ふたりは幼友だちで、子どものころ、フィンランドのサーカス学校で友だちになって、それからずーと、一緒なんだそうだ。なんだか北欧のおもちゃみたいな愉快な2人。それでも真剣な顔で稽古をしているときは、ちょっと話しかけられない。
 酔いつぶれていたみんなが跳ね起きて、ステファンとミッシェルがロールを宙に投げる。ダブルスタッフといって、2人の手の上にロールを立たせ、腕の力とタイミングで高く上げ、空中で回転するのだ。ステファンとロールは、普段コンビでハンドトゥハンドという技をやっている。ステファンが差し上げた手の上で、ロールが逆立ちしたり元に戻ったり、毎日毎日稽古をしている。いかつい顔の無骨な青年ステファンと、美人なのに笑うと面白い顔になってしまうロール。うまくいかないとすぐに泣く。
 ロールが宙に舞うのをきっかけに、メッキーとポリーの人形も宙に舞う。大きな布を広げ、みんなで人形を祝福しながら放り上げる。
 みんなが笑いながら立ち去ると、2つの人形が床に転がっている。不意にメッキー人形が動きだす。ポリー人形を引っ張るが動かない。失望してうつむくと、音楽。ポリー人形が踊りだす。ふたりの愛のデュエット。プラカード。
「愛はあちこちで生まれ、あちこちで消える」
k07_photo4.jpg ポリーの人形を演じるのは、コントーションという技のシルベーヌ。関節がないみたいに、身体をグニャグニャにして吊るされた鉄のリングの上で舞う。このシルベーヌという人が、また変わっている。女子の中で最年長だけど、一番変わっている。みんなと一緒には食事をしない。何を食べているのかよくわからないけど、自分の部屋で自分でつくっているらしい。そのくせ、オフの日に街でエビを食べてお腹を下し、大騒ぎ。最後の追い込みだというのに1日稽古ができなかった。でも、コントーションの技はすごいんだ。オスマーと人形の布マスクをつけて踊る最後の場面は、ちょっと危険なほど魅力がある。サーカス芸人は危ない奴、面倒くさい奴ほど魅力的なのかなあ。だとしたら、くたびれるなあ。タゲ氏が車の中でぶつぶつ言う。
「クシダサン、シルベーヌ、狂っているかもしれない。もしダメなら、シャルロットと取り換えて、別の場面にしなければならないかもしれない」
「なんで?」
「大丈夫だと思うけど、毎日何回もお父さんに長い電話している。30歳なのに!」

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 その日、その日は、何があったのか思い出せないような、自分では淡々と稽古を積み重ねてきたような気がしていたけれど、いろんなことがあったんだなあ。たった27分のショウだけど、はじめは形になるのだろうかと不安だらけだったけど、最後の日には、なんだか観たことのないような、遠い昔に観たような、ちょっと不思議なヌーボーシルク。なんだか健気で、かわいらしいサーカス芸人の一座に見えてきたな。
 ふー! よかった。

Photo by Akio   


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