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長谷川 ペク・ヒナさんに質問なのですが、『あめだま』を口にいれたときにいろいろな声が聞こえてくるじゃないですか。あれは韓国でそういう言い伝えみたいなものがあるのか、それとも子どものときに感じられたのか……発想はどこから生まれたのですか?
ペク・ヒナ この絵本は、昔、テレビ局でアルバイトをしていたときに考えたストーリーが、もとになっています。そのときは、ペパーミントキャンディを食べると一気に耳がすっきりとして、いろんな音が聞こえてくる……というイメージでした。
でも、心の声とか、ものの声が聞こえてきたら面白いのでは、というアイディアから出発しています。

ドンドンのサイズにぴっりのこの椅子は、どのようにつくったのですか?
ペク・ヒナ もともと私は人形遊びが大好きで、バービー人形の家具や服、小物を集めていました。これは、バービー用のピンク色のテーブルセットの椅子にペンキをぬってしつらえたものです。ドンドンにはサイズが少し大きいので、おしりの下に厚めのものを敷いた状態で撮影しています。
バービーのミニチュアにあわせて、人形のサイズを決めたのですか?
ペク・ヒナ そうだったような気もするし、そうでなかった気もします。家の作業場で撮影を行っているので、空間の制約があります。あまり小さすぎるとディテールを表現しきれない、大きくしすぎると作業場におさまりきらなくなる。一番適したサイズを探した結果なのかもしれません。
この食卓は、バービー人形の1960年代のビンテージ家具で、入手困難品ものをネットで購入しました。私が子どもの頃、家にあった食卓にそっくりで、私自身ドンドンのようにテーブルの下にもぐってガムをくっつけていた記憶があったので、この家具を使ったんです(笑)。
ここまでディテールにこだわってつくっているのはすごいですね。

ペク・ヒナ ありがとうございます。でも、本を読み返すたびに、「こうすればよかったな」と後悔がこみ上げてきて、頭が痛くなります(笑)。
さっきも久しぶりに『あめだま』を見て、台所シーンでは、父親の手から泡が落ちているような感じで表現すればよかったなと思いました。
なるほど。どうしてそこまでこだわれるのでしょうか?
ペク・ヒナ 絵よりも立体で表現された写真というのは、現実に近いリアリティがありますよね。ヘタをすると、単なるセットで撮った写真という印象を与えかねません。風やお天気の雰囲気などをよりリアルに表現しないと、嘘っぽくなってしまいます。だからこそ、細かな部分というのは絶対に欠かせない大切な要素です。
長谷川 「お父さんのここに泡があったほうがいい」というのは、絵を描く立場からすると、その泡だけで何かを語ると思うんですよ。お話のなかの、見えないバックグラウンドが見えてきますよね。『あめだま』では、「お母さんが出てこない」という設定を綿密に設定されていると思うのですが、いかがですか。
ペク・ヒナ はい、おっしゃる通りです。私のデビュー作『ふわふわくもパン』では、お父さん、お母さん、お姉さん、弟がいるという、ある意味完璧な理想の家族が登場します。ストーリー上そうなってしまったのですが、発売後とても申し訳ない気持ちになりました。もし、私が子どもを育てているシングルマザーだったら、子どもにこの本の読みきかせをしたとき、すごく胸が痛むのではないかなと。子どもの立場からすると、「自分の家族は完璧ではないのではないか」と傷ついてしまうかもしれないと感じたからです。
そのため、父親や母親がいなくても、また血縁で結ばれていなくても、ひとつ屋根の下で暮らし、お互いに愛しあい、頼りあう絆を持った関係であれば、それは完璧な家族ではないかということを表現したいと思いました。
『あめだま』には、母親がどこにいるのか具体的に描かれていません。亡くなっているのかもしれないし、離婚したかもしれない、出張に行っているのかもしれないですが、それはわかりません。そのあたりは、読者のみなさんの状況に置き換えて、自分なりの解釈をしてほしいという願いがあります。

1冊目目の『天女銭湯』を長谷川義史さんが翻訳することを韓国の出版社「ベアブックス」に伝えたところ、本当に喜んでくださいました。というのも、ベアブックスのウ編集長が、長谷川さんの絵本が大好きで『おじいちゃんのおじいちゃんの おじいちゃんのおじいちゃん』(BL出版)を読んで、「絵本でこんなことができるのか」と衝撃を受けたそうです。そこから、自身の出版社を立ち上げられたと聞きました。今日はペク・ヒナさんのほうからも、絵本作家・長谷川義史に聞いてみたいことがたくさんあるそうで……。

ペク・ヒナ 実のところ、とても緊張しています(笑)。私の本のなかで、どの本が気にいっていらっしゃいますか?感想もあわせてお伺いできると嬉しいです。
長谷川 最初に翻訳させていただいた『天女銭湯』、ああいうユーモアのある世界が大好きです。とてもいい作品に出会えたなと思って。思い出深い本です。
ペク・ヒナさんが今回、韓国から自分の本を持ってこられて、長谷川さんへサインをお願いされていたのは、『てんごくのおとうちゃん』(講談社)ですよね。最初読んだとき、号泣されたとか。
ペク・ヒナ この本は読むたびに泣いてしまいます。長谷川先生は、ご自身の作品の中で一番好きな作品は何ですか?
長谷川 全部自分の作品ですから、できのいい子悪い子、よく稼いでくる子……いい子に限って稼いでこなかったり(笑)。「あんたが一番好きだよ」と言えないんですけど、『てんごくのおとうちゃん』は、ものすごく大切な思い出を描いた作品です。『おじいちゃんのおじいちゃんの おじいちゃんのおじいちゃん』は初めて描いた絵本で、うまく描けなくて何度もやり直して丸3年ほどかかった作品なので、思い入れは一番あるかもしれません。
ペク・ヒナ 『おじいちゃんのおじいちゃん〜』では、過去について、人間の歴史について、驚くべき表現方法で語られていて、こんな演出の仕方があるのかと驚かされました。
長谷川 10代の頃から、ずっと妄想していたことで、どんな人でも生まれたときには必ずお父さんとお母さんがいて、それは平等なことですよね。お父さんとお母さんにもお父さんとお母さんがいて、たどっていくと大昔のおさるさんみたいなひとに必ずつながっている。不思議なことやなー、気の遠くなることやなーと、ずっと思ってたんですよ。だから、編集者に「どんな絵本をつくりたいですか」と聞かれて、こんなことを考えていると提案しました。
ただ、自分の思っていることを絵で表現することがなかなかできなくて、ものすごく苦労して、何度も描いては失敗を繰り返しました。ペク・ヒナさんとなんとなく共通していると思うのですが、いまって、一度描いた絵や作った立体をパソコンに入れて調整することって、簡単にできることだと思うんです。でも、そういうことは絶対したくないとペク・ヒナさんおっしゃってて、ぼくも必ず絵の具と筆で描いていて、失敗してもそういうのを大切にしたいと思っています。だから1冊目は3年もかかったのですが……。そういうアナログ的な感覚は、似てるかなと思ってます。

ペク・ヒナ そう言っていただけて、光栄です。自作について言えば、絵の完成度が高くても、ストーリーのほうで演出に欠けている本もあるのですが、先生の作品は、デビュー作から私たちに衝撃を与えてくれます。そのような演出力は、どうしたら身につくのでしょう?演出力を身につけるための勉強方法があるのか、教えてほしいです。
長谷川 そんなアカデミックな勉強はしていないのですが……。さっき控え室でお話していて、全くその通りやなと思ったのは、絵本を1冊つくるのは映画をつくるのと一緒だと思うんです。ペク・ヒナさんは、映画1本撮られている映画監督なんですね。「主人公はこんな男の子にしようかな」というのは、キャスティングですし、「その子がどんな動きをするのか」というのは演技指導、「動きをどこから撮すか」というのはカメラワークの仕事です。そういうことが、最初はなかなかできなかったのですが、徐々にでしょうか。
ペク・ヒナさんの描く家族は、たとえばソファにも現れていますね。いい感じでくぼんでいて、たぶんシミもついていて……その生活感を演出していて、すごいですねとお話したら、「私はもうちょっとスタイリッシュな作家になりたいな」と言われた。その答えに、長谷川さんも「わかる」とおっしやってましたね。
ペク・ヒナ 私が抱えているジレンマというのは、すべて計算してつくっているというところです。どんな素材か、どのようなスケールで撮影するか、日取りも段取りもすべて最初から決めます。
スケッチがほぼファイナルに近いものですので、逆に言うと、自分が予想した分しか出来上がってこない、自分がつくる前に想像したものしか表現できていないのではと思ってしまいます。自分の手先にまかせた、自由な広がりにたどり着いていないのではないかというジレンマを抱えています。
そうなんですね。先ほど控え室で、ペク・ヒナさんが長谷川さんに「人形絵本をつくってみませんか」とおっしゃっていましたね。
長谷川 ちょっとやってみたいですね。ぼくの思っている画面を、背景は舞台の書き割りみたいなので、登場人物は紙でつくった平面のやつでええんですけど……それを写真に撮って表現したら、また新しい自分の作品ができるんとちがうかなと考えたりはするのですが、うーん。
ペク・ヒナ よかったら、長谷川さんの世界を、私が人形にしてつくりましょうか。完璧な長谷川世界を再現してみせる自身はありますよ(笑)。
そんなことができたら、素晴らしいですね。ぜひトライしてみてください(笑)。