
ジャックとチャーリー、ごめんよ。きみらのことを、ずいぶん長いことほったらかしにしているね。
わかっている。もう春だ。桜も散った......桜が散って、東京にも雪が降った。僕が今いる松本も真っ白になった。天変地異だ。氷河期に向かってるような気すらする。温暖化しながら氷河期?
去年の暮れから、ずっと『上海バンスキング』の準備、稽古、本番と続いてね、そのことをきみたちに報告することにしていたんだけど......ことばにならないんだ。なぜ、ことばにならないのかということが、ことばにならない。
まあ、とっても特別な、体験したことのない芝居の時間だった。幕が開いて、たくさんのお客さんが詰めかけて、喝采をしてくれて、今でも観た人とすれ違うと、駆け寄ってきて「よかったです! 本当に感動しました!」なんて何度も言われて、嬉しくはなるんだけど......そう自分の中でどんなことが起こったのか、仲間たちと本当はどんなことをしようとしたのか、うーん、今は、どうにも気の利いた言葉にならないので、もう少し時間が経ってから話すことにするよ。まあ、これが、きみたちをほったらかしにしていた言い訳です。
『上海バンスキング』が終わって、すっかり抜け殻のようになっていたんだけど、そんな呑気にもしていられず、松本での仕事をしたり、コクーン歌舞伎の打ち合わせをしたりして、「もっと休みたいよォー」なんてぶつぶつ言って......。
そうだ、諏訪大社の御柱祭というのに行きました。
松本の呉服屋さんで、ずいぶん立派な顔をしている池田六之助さんという人がいるのだけど、名前も立派だ。もう80に近い歳だ。面白い風貌なので、ときどき僕の芝居に出てもらっている。最初の頃は、後ろのほうに立っているだけの役だったんだけど、この頃はちゃんと台詞も言うようになって、そうだ、白井晃さんからもオファーがあって、ちゃんと台詞のある役で出演したんだから、もう、立派な役者だ。
その六之助さんから「串田さん、諏訪の御柱、行きませんか? よく見えるところにちゃんと席とりますから」なんて誘われて、ちょうど松本でのワークショップが終わったばかりだったので、明緒と十二夜と三人で連れて行ってもらうことにした。
「すごいんですよ、なにしろ、7年にいっぺんのお祭りですからね。わたしは毎回行ってるんですがね、もう歳ですから、次の7年先は行けるかどうかわかりませんからね。諏訪の人たちはね、7年単位の暦なんですよ。つまり、前の御柱のときとか、前の前の御柱の頃から、とかいうふうに話すんですよ。この年はね、どこの家も結婚式挙げないんですよ。つまり、お金がかかるから、お祭りに。結婚どころじゃないんですよ、諏訪の人たちにとって。7年間、待ちに待っているんですから。」
六さんはものすごくお祭り好きなので、ひとりで興奮している。松本にも、飴市だとか、松本ぼんぼんだとか、いろんなお祭りがあるのだけど、いつもちゃんと祭袢纏(まつりばんてん)を着て張り切っている。お祭り好き。お祭り男。そういう人はどこにでもたくさんいる。お祭りが近づくと、もうひと月も前からうずうずしちゃって、仕事が手につかない。奥さんは、そういう亭主がちょっと迷惑だったり、ちょっとかわいらしいと思っていたり......。
その日は、雨模様だった。朝早く、松本駅に集合。六さんと、六さんの奥さんと、その友だちと、浪人している六さんの孫息子、そして僕たち3人。あ、それから青山さん。この人もお祭り好きで、「サイトウキネンフェスティバル」や「信州松本大歌舞伎」のボランティアの元締めをしている人。朝早く、電車で岡谷まで行くと、六さんの知り合いたちが車で迎えにきてくれて、地方局のラジオは、もうはなやいだ声で現場中継の放送をしている。
「ここから先は、車はだめですから、すみませんが歩いてください」
やっぱり、雨か......。みんな雨具を着て、ぞろぞろ歩く。なんだか、結構な距離を歩いた。どんどん人が増えてくる。周りに屋台も増えてくる。
青山さん、「鳥皮、食べます?」と言って、もう屋台で、焼き鳥なんか買って食べてる。
「いりませんよ、こんな朝早く」
会場というのか、なんというのか、「木落とし」のよく見える場所に着くと、ものすごい数の人たちが集まってきている。平場とベンチ席がある。とにかくぎっしり。みんな、さっそくビールや食べ物を出して、楽しそう。昔の運動会みたいだ。さっそく双眼鏡を出してそわそわしてると、
「まだ、まだ、一回目の木落としがあるのは11時頃ですから、ゆっくり待ってなきゃ、だめですよ。今日はそのあと、1時頃と3時半頃と、3本落としますがね、だいたい、おくれるんですよ」
要するに、諏訪大社は、上社の本宮、前宮、下社には秋宮、春宮というのがあって、申(さる)の年と寅(とら)の年に、山から樅の巨木を伐りだしてきて、氏子たちが大騒ぎして、それをみんなで引きずり降ろし、里まで運んでくる。そして、それを町なかを引っ張って、神社まで運び、それぞれ4カ所のお宮の四隅に建てる。
まあ、言ってしまえば、それだけのことをするお祭りなのだけど、それが何日もかけて大変な大騒ぎになるから、面白い。
気がつくと、雨がやんで、陽が差してきた。わいわいがやがや、みんな食べたり飲んだり、笑い話をしたりしていると、目の前の崖のはるか上のほうから、黒い袢纏の袖に赤い縞が入った古い消防隊のような人たちが降りてくる。それから神主。崖はさっきまでの雨で、するする滑るらしい。先触れ役の彼らがうっかり滑って、転がり落ちたりすると、見物は大笑いして拍手なんかしている。それから、御柱を曳く綱につかまった大勢の氏子たちが、そろりそろりと急斜面を降りてくる。綱は2本。曳いている御柱の角度を調節するためか、2本の綱はハの字に開いたり、右のほうに寄ったり、左に寄ったりしている。肝心の柱はなかなか姿を現さない。
「お! 来た、来た!」

崖の上に、御柱の先端らしきものが見える。突然、甲高い声が遠くから響き渡る。木遣(きやり)だ。なんともアジアの響きだ。血の中のアジア人の心のようなものが、うるうるっと震える。自分のこの肉体が生まれるずっと以前の記憶がよみがえるようで、泣きたいような気持になる。僕は自分が、あー、日本人だなあと思う瞬間はあまりないような気がするけど、やっぱりアジアの人間なんだと思うことはある。
モンゴルの草原で、少年たちの競馬を見たときのことを思い出した。あのときは、拡声器からモンゴルの歌声が流れて、草原の風にゆれて、なんともとりとめもないような、豊かな時間が流れて、何の前触れもなく遠くのほうから土煙がやってきて、馬に乗った少年少女たちが甲高い泣き声のような声をあげながら、目の前を走りぬけたっけ。その瞬間、強い陽射しの中を、サーッと雨が降ってきて、馬も少年たちも濡れて、いっそう泣いているように見え、おまけに、広大無辺な空に、大きな虹が二重にかかったっけ。
「わ―――!!!」という叫び声とともに、大きな樅の御柱に男たちがまたがり、100メートルの崖を滑り落ちてくる。一瞬の出来事。男たちのほとんどは、振り落とされる。
「あの巨木の下敷きになったら、大怪我しますからね。毎回、死人が出るんですよ。救急車がそばに寄ってくると、そんなもの、むこうのほうで待ってろ!って、みんな、怒るんですよ」
「お祭りで死人出した家は、目立たないようにそっと弔うんです。お祭りですから」
僕らが見たのは、長い祭りのほんの一部分、この崖の上に来るまでにもいろいろな儀式があったり、難所があったりして、一番のやま場がこの崖で、木落としと呼ばれ、観光客が押し掛けて眺めるのだが、落とした御柱は、また長い道のりを木遣の声とともに曳かれていった。
ひとつの木落としが終わると、次が現れるまで2時間ぐらいおしゃべりをしたり、その辺をぶらぶらしたり、ただ、待っている。
簡易トイレに並んでいると、立派な祭袢纏を着たおじさんが声をかけてきた。
「どちらから来たんですか? ああ、東京。初めてですか? わたしは上社のほうの氏子ですから、先週終わったんです。上社は茅野のほうでやるんですよ。こっちはどんなだろうと思って見に来たんですがね」
とても恥ずかしがり屋らしく、ほとんどこっちの顔を見ないで、にやにや自分を笑うように話す。
「1カ月後に里曳きがあるんですよ。いいですよ、里曳きも。本当は里曳きのほうがお祭りらしくていいかなあ。わたし、日本中のお祭り見に行くのが楽しみなんですよ。ハハハ、楽しみ、他にあんまりないから。若い人たちはねえ、楽しいこといろいろあるんでしょうけどねえ」
トイレの列が長いので、とりとめもないことをいつまでも話す。
結局、3本の木落としが終わったのが、5時近かったかな。それぞれ別の町の氏子たちが、少しずつ違った趣向を凝らして、それぞれの御柱を命がけで、急斜面を下ろす。その日最後の御柱は、今年の諏訪大社御柱祭木落とし、最後の柱。特別大きな樅の丸太ン棒。あんなものにまたがって、あんな崖を落ちていくのだから、遠くから眺めているだけでも、そりゃあ、恐ろしい。確かに救急車のサイレンがする。双眼鏡で覗いても、殺気立った空気が伝わってくる。
でもね、同時にこのなんとも言い難い、のーんびりとした時間は何なのだろう。それがなんとも充実した豊かな時間に感じられるのは何なのだろう。僕は舞台の演出をしているので、こういう時間にすっかり戸惑ってしまう。まいったなあという気持ちになる。自分のしていることが情けないことのように思えてくる。上演時間8時間。ほとんどが休憩時間。始まるぞ、始まるぞと思わせて、なかなか始まらない、いきなり30秒ほどのクライマックス。3回。そんな芝居をつくったらどんなことになるだろう......。
また少し降りだした夕方、満足そうに山の街道をぞろぞろ歩く人たちに混ざって、そんなことを考えている自分が、なんとも愚かでおかしかった。

