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ピカソ、モネ、ロダン、プルースト、ヴェルディ......
主に19~20世紀に活躍した画家、彫刻家、作家、音楽家たち。
彼らが生まれた国や国籍、とりまく環境が
味覚や嗜好をつくり上げ、その結果、彼らは芸術と同じくらい
食べることにも、独自のセンスとこだわりを持っていた。
なかでも西洋人の彼らにとって、食後やお茶の時間のスイーツには
料理とはまた異なる、特別な思いがあったにちがいない。
あの芸術家はどんなスイーツの前で、極上の笑みを浮かべたのだろうか。

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 初めてフランスを旅したとき、フランスの南、イタリアとの国境にある街 Menton / マントンを訪れた。すぐそこはイタリアというこの街に、ジャン・コクトー美術館はある。地中海を臨む小さなミュゼ(美術館)には、絵画や彫刻が多数展示されていたので、私の中で、コクトーは画家だとインプットされた。コクトーが詩人としてデビューし、小説家、劇作家、評論家、映画監督、脚本家という、いくつもの顔を持ったマルチアーティストの先駆けだと知ったのは、フランスで暮らして少したってからのことだ。
 コクトーは1889年、パリ近郊の裕福な家庭に生まれる。父は弁護士ながら絵画をたしなみ、母はオペラ鑑賞が趣味という、芸術を愛する一家だった。だが、コクトーが9歳のとき、父がピストル自殺をはかる。この悲劇は、生涯、彼を苦しめることとなる。
 わずか17歳で詩人としてデビューしたコクトーには、華々しい世界が待っていた。20歳のときに出した処女詩集『アラディンのランプ』の朗読会には、パリ中の人々が押し寄せたという。パリが最も輝きを放った時代に、「早熟の天才」ともてはやされたコクトーは、20世紀のフランス芸術をつくり上げた各界の巨匠たちと次々に出会っていく。ロシア・バレエ団の創設者セルゲイ・ディアギレフ、舞踏家のヴァーツラフ・ニジンスキー、画家パブロ・ピカソ、作曲家エリック・サティ、歌手エデット・ピアフ、デザイナーのココ・シャネル、写真家マン・レイ......。このような人々と出会うたびに、コクトーは触発され、新たなジャンルで表現することへの喜びを覚えていく。まさに、マルチな芸術家として始動しはじめるのである。
 その生涯を通じて、さまざまな分野で活躍したコクトーであったが、彼自身は「詩人」であることを前提とし、「詩人」と呼ばれることを好んだという。バレエの台本を書き、演出することは、彼にとって舞踊の詩であったし、デッサンは線が織りなす詩だったのだ。
 フランス料理界にも、磁石が引き合うようにして、コクトーの人生ゲームに参加する人物がいた。当代のカリスマ料理人レイモン・オリヴェだ。オリヴェは、パリの中心にあるパレ・ロワイヤルの一角に、今も存在するレストラン Le Grand Vefour / ル・グラン・ヴェフールのオーナーシェフであり、初めてテレビで料理番組をスタートさせたパイオニアでもある。オリヴェは、料理という分野で、独自の美的感覚やこだわりを持ったコクトーの舌を喜悦させるという、贅沢なゲームを楽しんだ。
 オリヴェが1964年に出版した『Recettes pour un ami / ルセット・プール・アン・ナミ(ある友人のためのレシピ) 』には、コクトーが好んだレシピが、コクトーとのエピソードや嗜好と共に綴られている。この本のおかげで、私たちはコクトーが好きだったものを、限りなく正確に、うかがい知ることができるのだ。
 例えば、コクトーは、たっぷりと盛りつけられた皿や、大きな塊のままのものは嫌ったという。香りの強いものや、味にアクセントのあるものを少量、肉だとしたら野生の鳩や雉などのジビエを好んで食した。もちろんジビエの味そのものもコクトー好みであったが、それ以上に、狩猟が許される時期にしか食べられないという希少価値が、彼の嗜好を刺激したようだ。「食べてはいけないものが好き」というのも、常識を超えた精神世界を表現しつづけた、コクトーらしいエピソードだと思う。
 旨味が複雑にとけ合うスープは、貪欲な彼の胃袋を満足させるには、うってつけの料理だった。スープ皿ではなく、カップで少しだけ供されるのを好んだ。中でも、澄んだコンソメを好み、シェリー酒で香りをつけた、アオウミガメやツバメの巣もコンソメ仕立てでいただいた。シェリー酒はスープ全体の1/5量を入れるというから、かなりの量である。一方では、魚介の旨味を生かしたクリームベースのゲノレ・ポタージュを「世界一のスープ」と絶賛している。ヴィシソワーズ(ジャガイモの冷製クリームスープ)は、フランス人は一般的に濃度のあるものを好むという。だが、さらりとした口当たりを好んだ詩人のために、オリヴェはジャガイモをなめらかになるまで裏ごしをし、コンソメで薄めて供した。コクトーが大好きなシブレット(西洋アサツキ)を散らして......。
 卵料理の中では、目玉焼きが好きで、ドイツ語の「鏡卵」という呼び名がお気に入りだった。鏡のごとく美しく仕上げるために、オリヴェは、バターは色がつかないようゆるやかにとかし、表面に小さな斑点ができるのを避けるために塩は器の底にふる、割った卵はフォークで白身の形を整える等々......細心の注意を払って鏡卵をこしらえた。
 デザートはというと、甘いものに目がないフランス人としては珍しく、あまり関心がなかったようだ。ただ、アイスクリームやシャーベットといった冷菓だけは別で、少量だが、食後に口にしたという。オリヴェの本には、Glace aux violettes / グラス・オ・ヴィオレット、アイスクリームのスミレ添えが載っている。チョコレートでも、プラリネでも、ピスタチオでもない、スミレという食材が、コクトーにぴったりだと思う。
 まず最もベーシックなヴァニラ風味のアイスクリームをこしらえる。卵、砂糖、ミルクでカスタードソースをつくり、ときどきかき混ぜながら空気を含ませ、凍らせれば、ヴァニラアイスクリームができ上がる。逆に、ヴァニラアイスクリームがとけると、カスタードソースになるというわけだ。
 スミレは、砂糖漬けを使う。これは、スミレの花を糖衣がけしたもので、花の形を保ち、スミレ色の糖衣がカリッと割れると、花の香りが口の中に広がる......花の干菓子といったところだろうか。オリヴェは、昔から産地として有名なフランス南部にあるトゥールーズという街のものを使うよう指示している。
 オリヴェのレシピはこうだ。器の底にラズベリージャムを敷き、ヴァニラアイスクリームをのせて、スミレの砂糖漬けを添える。私は、スミレを添えるだけでは、その香りを十分に味わえないと思い、砂糖漬けをアイスクリームに贅沢に混ぜ込んだら、すばらしく香り高いスミレのアイスクリームに仕上がった。
 天性の美貌を兼ね備えたコクトー。ル・グラン・ヴェフールの専用テーブルで、スミレの添えられたアイスクリームをいただくその姿は、光るように美しかったであろう。
 さまざまな芸術家のスイーツを探求してきたが、興味深い味覚を持ち合わせているという点では、コクトーをおいて他にいない。彼がもっとスイーツを愛していたら......という妄想が私を襲う。そうであったなら、オリヴェの手による洗練された魅惑のスイーツの数々が、この世に誕生していたかもしれないのだから。

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材料(つくりやすい分量)
卵黄 ... 3個分
砂糖 ... 60g
薄力粉 ... 小さじ1
牛乳 ... 500cc
ヴァニラビーンズ ... 1/2本
スミレの砂糖漬け ... 50g

スミレの砂糖漬け ... 少々



つくり方
1.ボウルに卵黄を入れ、砂糖半量と薄力粉を順に加え、そのつど泡立て器でよく混ぜる。
2.鍋に牛乳、残りの砂糖半量、ヴァニラをさいてしごき出したビーンズとさやを入れ、
  中火にかける。
3.沸騰直前になったら火からおろし、1に少しずつ加えながら、泡立て器でよく混ぜる。
4.全部加え終わったら、2の鍋にもどし、弱火にかける。
5.鍋底を木べらで8の字をなぞりながら、とろみがつくまでかき混ぜつづける。
  表面の細かい泡がなくなると、とろみがつきはじめる。
6.とろみがついたら火からおろし、密閉容器に流し入れ、そのまま冷ましておく。
7.6の粗熱がとれたら、ふたをして冷凍庫に入れる。
8.1時間後に冷凍庫から出し、フォークで全体をよくかき混ぜ、再び冷凍庫に入れる。
  完全に固まるまで、1時間ごとにかき混ぜては冷凍庫で凍らすというプロセスを繰り返す。
9.ある程度固まってきたら、軽く砕いたスミレの砂糖漬け50gを加え、全体に混ぜ込む。
10. 冷蔵庫で冷やしたグラスに、固まった9を盛り、スミレの砂糖漬けを飾る。

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