
何年前だったっけな? 水戸芸術館で、毎週末ごとに、金、土、日と『スカパン』を上演していた。この芝居は、以前シアターコクーンで何回か上演して、そのあとアヴィニオンの演劇祭でも演(や)った。モリエールの『スカパンの悪だくみ』に少し自分の解釈を加えて、少し現代的要素を入れた作品。僕は、ずーっとスカパンという役を演じているのだけど、他の役は、その時その時いろいろな人が演っている。水戸の時は内田紳一郎君が、ジェロントさんという、とてもけちな親父の役だった。スカパンはジェロントさんの召使で、彼の息子のために、このけち親父から言葉巧みに大金をせしめなければならない。その場面が、ジェロントさんとスカパンのドタバタの見せ場で、かなり面白い。
で、ある週末に、水戸の芸術館でこの場面の、思い出し稽古を内田君と二人きりでしていたときのこと。水戸芸術館の舞台は、東京グローブ座のように三重のバルコニーで囲まれていて、つまり高いところから見下ろすような席があるのだ。僕らは半分段取りを確認するような、軽い稽古をしていたのだが、ふと上のほうの客席を観ると、中学生だか高校生たち20、30人が、僕らを見下ろしている。誰もいないと思っていたのに、予期せぬ観客が現れたので、僕らはいつの間にか気合が入ってきて、本気の演技を始めていた。
もしかしたら、初めて演劇を観る少年少女たちを虜にしてやろうと、無意識のうちに夢中で演じていた。とても楽しかった。「お! 俺たち今日すごく冴えているな!」と、ふたりで熱くなった。テニスをしながら、どんな球もお互いが打ち返し合って、戦っているのに嬉しくなるような、そんな感じかな。とにかく、本番の舞台よりもいい出来じゃないかと思えた。
「どうだ、少年、少女たち、面白いか?」
その場面が終わって、汗を拭きながらバルコニーを見上げると......な、なんだよ! 誰もいない。彼らはこの建物の施設を見学に来ていただけなので、多分引率の先生に、とっくに連れられて行ってしまったのだ。
僕らはそのことについて一言もしゃべらず、大笑いした。誰も観ていないのに、こんなに夢中になって、めったにできないような迫真の演技をしたことが、とても間抜けなような、とても贅沢なことをしたような......やっぱり、ただ笑うしかないような、面白い気持ちだった。
舞台裏というのは、観客から見えない場所なので、すごく味気ないものが多い。たとえば、立派なお屋敷のセットでも裏側はただのベニヤ板で、マジックペンで「上手」とか「小道具置き場」とかへたくそな字で書いてあったりする。昔はそういうパネルは、薄いスノコのようなものに何枚も新聞紙など貼って、最後に白い紙を貼ってニカワを混ぜた塗料で絵を描いた。だから裏から見ると、とても不思議なものに見えた。そして、ニカワの匂いは独特だった。一般の人がのぞけない、秘密の「舞台裏」という感じがした。まあ、時代とともに材料が変わったのだから仕方がない。
見えないものはないもの。見せないものは意味のないもの。舞台をつくっていると、そういう感覚が支配する。でも、僕はときどき、そうかなあと思う。見えないところに、こだわりたくなったりする。見えないけれども、何かが伝わると信じたくなる。
僕がまだ芝居を始めたばかりのころ、ある彫刻家にこんなことを言われた。
「きみたちの仕事はいいなあ。人に見せて、終わったら、消えちまうんだものなあ。僕の作品は、ずーっと残ってしまうんだ。取り返して、壊したくなっても、もう自分の手の届かないところにいってしまう。自分が死んだあとでもずっと残っていると思うと、ぞっとする」
なんで消えちまうことがうらやましいのか、わからなかった。キザなことを言うなあと、若かった僕は思った。けれども、今はよくわかる。いや、その彫刻家の言っていた真意はわからないかもしれないが、消えない表現は不利だと思える。魔法がかけにくいような気がする。
魔法は面白い。煙をポンと出して、「今、見たか? 雲の中に一角獣が見えたろ? なに見えない? 駄目だよ、見なきゃあ。せっかく魔法をかけたのに」なんて言われると、見えなかった自分が間抜けなような気がする。そして、雲の中で頭を振っている一角獣を、一生懸命想像する。そうしているうちに、一角獣は存在する。
無邪気な大衆の想像力。ネス湖の恐竜。UFO。風船おじさん。
恐ろしい想像力。デマゴギー。魔女だと言われて、民衆に火あぶりにされた人。それを、政治や戦争に利用するデマゴーグ。集団暴力につながる民衆の想像力も、始まりは無邪気なものなのだな、きっと。
自分がそれに全く関わっていないという自信はない。
話が、びっくりするほど、脈絡なく思わぬほうへ進んでいるような気がするが、そうでもないのかな。本当は、他人に見せることを意識しない表現のことを考えようと思っていたのだ。人間は他人に会わないからお洒落をしないかというと、そうでもない。誰も観ていないと芝居をしないかというと、そんなことはない。きっと、無人島で独りぼっちになったら、たくさんお洒落をして、たくさん芝居をするような気がする。
今日の話は、とりあえずこれでおしまい。

