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k08_photo1.jpg 今、沖縄本島にいる。石垣島や西表島には行ったことがあるのだけど、本島は初めて。なぜ来る機会がなかったのか、自分でもちょっと不思議な気がする。興味がなかったかというと、とんでもない。日本に返還される前は、もちろんとても気になる存在だったはずだ。けれどその頃の僕には、とても関わりきれない、重くて複雑な沖縄問題という感じがしていたのかもしれない。ちらっと覗くだけというわけにはいかなくなるぞという、ある種の自己防衛感覚? いや、ただパスしていただけかもしれないし、そのことに、漠然としたうしろめたさのようなものも、あったのかな? ほら、沖縄と書くだけで、なんでこんなことを考えなきゃならないんだよ!
 そういえば若い頃、お正月にひとりで与論島に行ったことがある。きっと今はすっかり観光リゾートの島になっているのだろうけど、とにかく、日本の最南端の島に行ってみたくなってね。当時はまだ、沖縄も小笠原諸島も日本に返還されていなかったから、そこは外国で、行くにはパスポートが必要だった。だから、与論島が日本の最南端だったわけ。
 そしてその頃、僕は意味なく知らない小さな島に行くのに凝っていたんだけど、とにかく鹿児島から船で30時間ぐらいかかったんじゃなかったかな。旅行者なんかほとんどいないから、ちょっと怪しまれたかもしれない。そのときの与論島の話は面白いんだけど、かなりわき道にそれるから、今度にするけど、とにかくお正月、島の南西にある誰もいない入り江で、素っ裸になって沖に向かって泳いだんだ。どんどん沖に向かってね。「あー、今、この瞬間、日本で一番南にいるのは俺なんだ!」なんて思うと、意味なく感動してね。なにしろ返還前だからね、「おー! どんどん沖縄に近づいていく!」なんてね。夢中になって泳いだ。そのうち怖くなって必死で戻ってきて、くたくたになって......バカでしょ?

 今年、沖縄市で毎年開かれる「キジムナーフェスタ」という子どものための演劇が中心のフェスティバルがあってね、そこの事務局の下山さんという人から電話があって、お客さんと一緒に何本かお芝居を観て、感想を言い合うセミナーみたいなものをやってくれないかと言われた。それで、指定された3日間の前後に2日ずつ休暇の予定を入れて、明緒と十二夜、家族3人でやって来た。出かける前にみんなから、「暑いぞー! 絶望的に暑いぞー! 想像を絶するからな」なんてさんざん言われたので、すっかり覚悟してきた。
 ここのところかなり手のかかる芝居が続いて、休みもなかったので、この沖縄旅行はとても楽しみだったのだけど、頭の中はこの連載をそろそろ書かないとまずいぞと少し焦っていて、そうだ「金毘羅参りと伊勢参り」のことを書こうと決めて、書き始めたのだけど、目の前の『桜姫』の気分から離れられなくて、それから大学の集中講義というのを、朝から晩までやって、それでも伊勢神宮のことは気になって、そのまま飛行機に乗ってしまったんだ。まあ、向こうへ行けばホテルで時間もあるし、書けるさ。なんてね、いつまでたっても懲りない性格なのか、能天気なのか。そんなわけで心ここにあらず、こだわりのある沖縄のはずなのに、プランやスケジュール、ホテルの予約など、全部明緒に任せっきり。しかも沖縄で、伊勢神宮は合わない。気分がまるっきり違いすぎる。ぼんやりしたり、少し落ち着かない様子の僕を見て、明緒は、
「どうしたの? 今回あんまり乗ってないみたいだね。沖縄興味ないの?」
「いや、そんなことないよ。すごく楽しみにしてきたよ」
「なんだかイライラしてない?」
「うん、なんか、のんびりする要領忘れちゃったみたいで、いろんなこと考えちゃうからなあ。脳味噌休めるならやっぱり西表島だね」
「そうだね、あそこいったら完全に脳味噌溶けるもんね。ここはいろんなものが渦巻いているからね」
「え?」
「私は結構感じるんだよ」
「霊とか?」
「結構辛いものがある」
「そうかあ......台風が来てるから気圧のせいかと思ってた」
「あ、それもあるね」
 そう、確かに台風8号が接近していて、空港から恩納村(おんなそん)のコテージに向かう最中、いきなり豪雨に襲われたり、また晴れたり、強い風が吹いたり変だった。天候だけでなく、なんか、我々の平常心もかなり乱れた。僕も明緒も気圧の変化とか、満月とか新月とかそういうものにかなり影響されていることに気づく。そしてその晩は大荒れの台風で、飛ぶように流れる雲の間から、ときどき満月がぼんやり浮かんで、恐ろしかった。
 つぎの日は少し落ち着いたけど、陽が差したと思うと、急に降りだしたり、その辺にまだ台風が潜んでいる感じだった。東京から電話があって、
「大丈夫か? そっちは大変らしいじゃないか。飛行機は全部欠航だそうだね」
などと言われて、どうやらかなり大きな台風らしいと気づいた。なのに沖縄の人は、
「これぐらいたいしたことないのに、欠航なんかされると、お客さん来なくて困っちゃうんですよねえ」なんて言っている。

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 僕らは沖縄美ら海(ちゅらうみ)水族館の巨大な水槽「黒潮の海」の前に座っていた。本当にびっくりするくらい巨大なのだ。そこに巨大なジンベイザメ、マンタ、キハダマグロ、カツオ、その他たくさんの個性的な魚たちが泳いでいる。水槽の中は、一つの魚たちの社会のようで面白い。大きな頭のわりには小さな眼で、やたらにキョロキョロしているやつ。ほかの魚と全然別の時空にいるみたいに、ゆっくり動いているやつ。見せる相手がいないのに、ひどくお洒落で、それを見せびらかすような泳ぎをするやつ。
k08_photo3.jpg僕らは、「ほらあれ、ナオキ君に似てない?」とか、
「あの偉そうなの、山下さんそっくり!」とか言いながら、いろんな魚にそれぞれ名前をつけたりして、楽しんだ。
「あ! またナオキ君が来た!」
「おーい、ナオキ君、こっち向いてくれよ」
 魚たちはひとりひとり実にユニークなのに、お互い同士はまるで無関心のように見える。もっともっと大きな海の中で泳いでいたときのように、まるでこの海に自分しかいないような風情で泳いでいる。それが水槽という世界の中に凝縮されている。まるで現代の都会のようだ。小さな魚たちの群れは、オフィス街のサラリーマンたちのように、全体が一つの生き物の意思であるかのように動いている。
 「黒潮の海」というその巨大な水槽の前は、スポーツ観戦みたいな段々のベンチになっていて、みんなそこに腰を下ろし、人間がつくった魚社会を、好き勝手な感想を持ちながら眺めている。脇のほうは、ちょっとしたカフェのようになっているので、僕らはコーヒーやパフェを注文して、のんびりしていた。僕はずっと以前に見た、水中都市の夢のことを思い出していた。
 外は台風。ここには風も吹かない。
 今日は8月6日。広島の原爆記念日。僕の誕生日だった。
 急に、観覧席にお客さんが増える。ジンベイザメに餌をやる時間らしい。突然、上空からオキアミの塊がゆっくり落ちてくる。すると全長十数メートルもあるジンベイザメが、悠然と現れ、大きな口をあけて、あっという間にそのオキアミを全部飲み込んでしまう。なんだか巨大な掃除機で吸い取ってしまうようだ。その度に、観客は、「おー!」「うわー!」と驚嘆の歓声を上げる。わずかにこぼれたオキアミの残りを、小さな魚たちが争って食べている。

 今回の小さな旅行は、明緒が那覇空港でレンタカーを借りて、ずっと運転してくれたので、僕は何にも考えず、ただ彼女に運んでもらっている感じだった。
 今帰仁(なきにん)城跡、座喜味(ざきみ)城跡、勝連(かつれん)城跡、そして首里城。
 琉球王国時代の城跡を訪ねる。それらは、第二次世界大戦のとき、日本軍の司令部になったり、高射砲陣地になったので、米軍の爆撃でほとんど破壊されてしまったそうだ。
 首里城は復帰後修復され、ほかの城跡の城壁も今でも少しずつ石を積みなおしているようだった。世界遺産に指定されているのだそうだ。

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k08_photo5.jpg修復された首里城以外は、ただただ石垣だけで、何もない。けれど、琉球の王族たちの気配があって、僕らは海の見える小高い城跡に立ち、彼らの営みを空想する。ここに王族たちが城を構え、一帯を治めていた。そして中国と盛んに交易をし、文化交流をしていた。
 ここは日本とは違う、琉球王国という一つの国があったことがわかる。そして、一つの島国が滅びていった歴史を、思わずにはいられない。それは昔のことではなく、今につながる、昨日のことなのだ。今、かつての琉球王国は、沖縄県と呼ばれている。そして、そう呼ばれるようになってから、つまり日本という国の一部になってから、何度も犠牲にされてきた。ひめゆりの塔や平和祈念資料館へ行くと、受け止めきれないいくつもの証言の声が聞こえて息苦しい。




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